ライフ

【逆説の日本史】「やんちゃ」で軍人志望だった異色の元老・西園寺公望

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3 その1」をお届けする(第1356回)。

 * * *
 桂太郎のライバルとも言うべき西園寺公望は首相を歴任し、最後の元老として一九四〇年まで生きた。一九四〇年は昭和十五年、日本紀元ではちょうど二六〇〇年に当たる年で、翌昭和十六年に大日本帝国は英米など連合国との開戦に踏み切り、四年後に滅亡した。その方向性はすでに昭和十五年には確立されていたと見るべきだが、こうした方向性、具体的に言えば「満洲国の建国」「軍による政治支配」「日独伊三国同盟の締結」に最後まで抵抗し、その反対つまり「中華民国との融和」「政党政治の確立」さらには「英米との協調」を図ろうとしたのが、西園寺公望なのである。

 元老と言えば天皇の最高政治顧問である。その最大の役割は総理大臣が辞職などの理由で空席となったとき、次期総理を誰にすべきかを天皇の諮問に答える形で事実上推薦することだった。しかも、西園寺は「最後の元老」だった。ということは、大正から昭和前期まで元老は彼一人だったわけで、日露戦争前夜のように開戦派の元老山県有朋と非戦派の元老伊藤博文が対立するという状況では無かったのに、なぜ西園寺のめざした方向に大日本帝国は進まなかったのか?

 おわかりだろう。一般的にはあまり知名度があるとは言えないが、このきわめて重要な問題を考究するのに西園寺公望という人物の分析は欠かせない、ということだ。まずは、元老とは何かというところから分析を始めたい。

 現在の日本国憲法では、総理大臣の任命について第六条に「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。(以下略)」とあり、さらに第六十七条第一項で「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だって、これを行う」と定められている。「国会議員」と言えば衆議院議員だけで無く参議院議員も含むが、同条第二項で「衆議院と参議院とが異なった指名の議決をした場合(中略)、衆議院の議決を国会の議決とする」と定められているため、実質的には衆議院における首班指名選挙で最多票を獲得した者が総理大臣に任命されることになっている。つまり、現行憲法においては「総理大臣の選び方」が明記されているわけだ。

 しかし、大日本帝国憲法いわゆる明治憲法においては「選び方」どころか「内閣総理大臣」という役職名も記載されていなかった。憲法発布以後、いわゆる内閣制度は法律や慣例によって整備されてきたのである。行政府の長を内閣総理大臣と呼ぶこと自体その流れのなかで形成されたルールだが、その選び方については当初は天皇が任命し(明治憲法第十条に「天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス〈以下略〉」とあるのに基づく)、選ばれた総理大臣が辞職するときに後継者を推薦する、という形を取っていた。

 そのうちに、首相経験者が増えてきたので明治の中期あたりから、総理大臣が空席になると、まず天皇がそうしたベテラン政治家に次の総理として適当な人物を推薦するよう下問する。そうした少数のベテラン政治家(これが後に元老と呼ばれる)は協議して候補者を天皇に推薦する。この推薦のことを、とくに「奏薦」と呼んだ。それを受けて天皇は候補者を呼び出し、本人が受諾した場合(辞退することもできる)、総理大臣となる。これを一般には「候補者○○に組閣の大命が降下した」と表現した。つまり、そういう慣例ができた。言うまでも無く「元老」も明治憲法のなかで規定された制度では無い。

 では、実際の元老とはどんな人々だったのかと言えば、伊藤博文、黒田清隆、山県有朋、松方正義、井上馨、西郷従道、大山巌であり、この連載でも何度も取り上げた錚々たるメンバーである。これに明治末期あたりから桂太郎、西園寺公望が加わった。メンバーをあらためて見ると、西園寺以外はすべて薩摩人か長州人である。いわゆる「お公家さん」出身の西園寺は、かなり異色と言える。前回、彼の経歴を簡単に紹介したが、ここであらためて首相になるまでの彼の人生を振り返ってみよう。

関連キーワード

関連記事

トピックス

憔悴した様子の永野芽郁
《憔悴の近影》永野芽郁、頬がこけ、目元を腫らして…移動時には“厳戒態勢”「事務所車までダッシュ」【田中圭との不倫報道】
NEWSポストセブン
現行犯逮捕された戸田容疑者と、血痕が残っていた犯行直後の現場(左・時事通信社)
【東大前駅・無差別殺人未遂】「この辺りはみんなエリート。ご近所の親は大学教授、子供は旧帝大…」“教育虐待”訴える戸田佳孝容疑者(43)が育った“インテリ住宅街”
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
【エッセイ連載再開】元フジテレビアナ・渡邊渚さんが綴る近況「目に見えない恐怖と戦う日々」「夢と現実の区別がつかなくなる」
NEWSポストセブン
大阪・関西万博を訪問された愛子さま(2025年5月8日、撮影/JMPA)
《初の万博ご視察》愛子さま、親しみやすさとフォーマルをミックスしたホワイトコーデ
NEWSポストセブン
『続・続・最後から二番目の恋』が放送中
ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』も大好評 いつまでのその言動に注目が集まる小泉今日子のカッコよさ
女性セブン
事務所独立と妊娠を発表した中川翔子。
【独占・中川翔子】妊娠・独立発表後初インタビュー 今の本音を直撃! そして“整形疑惑”も出た「最近やめた2つのこと」
NEWSポストセブン
名物企画ENT座談会を開催(左から中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏/撮影=山崎力夫)
【江本孟紀氏×中畑清氏×達川光男氏】解説者3人が阿部巨人の課題を指摘「マー君は二軍で当然」「二軍の年俸が10億円」「マルティネスは明らかに練習不足」
週刊ポスト
田中圭
《田中圭が永野芽郁を招き入れた“別宅”》奥さんや子どもに迷惑かけられない…深酒後は元タレント妻に配慮して自宅回避の“家庭事情”
NEWSポストセブン
ニセコアンヌプリは世界的なスキー場のある山としても知られている(時事通信フォト)
《じわじわ広がる中国バブル崩壊》建設費用踏み倒し、訪日観光客大量キャンセルに「泣くしかない」人たち「日本の話なんかどうでもいいと言われて唖然とした」
NEWSポストセブン
ラッパーとして活動する時期も(YouTubeより。現在は削除済み)
《川崎ストーカー死体遺棄事件》警察の対応に高まる批判 Googleマップに「臨港クズ警察署」、署の前で抗議の声があがり、機動隊が待機する事態に
NEWSポストセブン
北海道札幌市にある建設会社「花井組」SNSでは社長が従業員に暴力を振るう動画が拡散されている(HPより、現在は削除済み)
《暴力動画拡散の花井組》 上半身裸で入れ墨を見せつけ、アウトロー漫画のLINEスタンプ…元従業員が明かした「ヤクザに強烈な憧れがある」 加害社長の素顔
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《趣里が結婚発表へ》父の水谷豊は“一切干渉しない”スタンス、愛情溢れる娘と設立した「新会社」の存在
NEWSポストセブン