1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏が、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、アパパネに騎乗し秋華賞で勝利、3歳牝馬三冠を達成したレースについてお届けする。
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今週から関東は東京競馬場での開催です。東京の1週目といえば毎日王冠というのがホースマンの実感です。GIIだけど伝統あるレースで、1998年にはサイレンススズカと、その後有馬記念を連覇するほどの力がありながら当時は天皇賞(秋)に出られなかった外国産馬のグラスワンダー、同じく外国産馬でこの次走ジャパンカップを勝つエルコンドルパサーが出走しましたよね。秋競馬本番を告げるレースで、翌週から暮れまでほぼ毎週GIレースが行なわれる。毎年どれか一つは勝ちたいと思って、ジョッキーはギアが一段上がる時期でもあります。
とはいえ、蛯名正義厩舎は、まだまだ基礎づくりの段階で、中央のGIレースには縁がありません。調教師は「予想行為」をしてはいけないことになっているので、あまり具体的なことは言えませんが、レースの見どころぐらいはお話ししてもいいでしょう。
まずは3歳牝馬による秋華賞。1996年に創設された比較的新しいレースで、本来は京都競馬場で行なわれますが、改修工事の為、去年と今年は阪神競馬場で行なわれます。とはいえ距離も2000m、どちらも内回りなので、あまり大きな違いはないと思います。
秋華賞といえば、2010年に僕がずっと騎乗していたアパパネが勝って3歳牝馬三冠を達成したレース。僕自身はもちろん勝ちたいと思っていましたが、周りは勝つだろうという雰囲気になっていました。
プレッシャーはありましたが、牡馬の三冠のほうがしんどいと思いますよ(経験したことはないけれど)。2000mの皐月賞、2400mダービー、そして秋に3000mの菊花賞となっていて、未知の距離への挑戦になりますからね。
牝馬の場合は1600mの桜花賞の後に2400mのオークスを走れるかどうかがカギ。特にアパパネは繊細で気性が難しかったので、オークスに向けての調整が大変でした。同着とはいえ克服できたことで、2000mの秋華賞は距離の心配がいらなかった。アパパネは「無敗の三冠」ではなく、新馬戦でもトライアルのローズステークスでも負けている。いかにして秋華賞にピークを持って行くように仕上げるかをスタッフみんなで考えて調整されました。
3歳春にクラシック戦線で闘ったような馬は、夏を越えるとさらに成長します。「放牧」とか「休養」といっても、けがをしていなければ毎日軽い騎乗運動ぐらいはします。彼女の場合は精神的に強くなって、輸送にも慣れてきました。もちろん体も大きくなっていてオークスの時から20キロ以上増えていました。それでも太い感じはしなかったし、その後は500キロを超えてレースに出たこともありました。