いまや世界的なヒーローとなった大谷をメディアがそっとしておくことは考えにくく、「テレビやイベントの出演依頼が殺到した」(前出・スポーツ紙記者)という。しかし、以前から取材申請などの窓口はエンゼルスの広報のみで、日本のメディアはコンタクトが取りにくい状況が続いている。
「広報と通訳がオファーを取りまとめて、最終的には大谷選手本人が判断するのですが、FAXやメールを送って、先方からの連絡を待つしかない。もっとも本人が、野球以外のことは頭に入れたくないという理由で、バラエティー番組の類は避けたいようですし、コンタクトの取りにくさが、“メディア避け”にプラスに働いている面は大きいようです」(前出・スポーツジャーナリスト)
どうやらこの年末年始も、テレビで大谷の姿を拝む機会は少なそうだ。一方で、彼にはこのオフ、「選手・大谷」としてではなく、「翔平」として訪れたい場所がある。
「一昨年の3月末に、ずっと大谷選手の活躍を応援し続けていた、父方の祖父・正幸さんが亡くなりました。コロナ禍もあり、最期に会うことが叶わなかったことを、大谷選手はとても残念がっていた。一周忌にも顔を見せられなかったので、せめて今オフにはお墓参りをして、いろいろ報告したいのではないでしょうか」(前出・スポーツライター)
正幸さんは、幼い翔平少年のキャッチボールの相手を務めた。高校時代には、孫が出場する試合は欠かさず見に行き、プロ入りしてからも、札幌や仙台での試合に頻繁に足を運んで、球界を代表する選手へと成長した孫の活躍ぶりに目を細めていた。メジャー移籍後も、出場試合は欠かさずテレビ観戦し、ケガをしないように、と心配しながら見守り続けたという。
「おばあさんとは一昨年、大谷選手のお姉さんの結婚式で顔を合わせたそうですが、最近は足を悪くしてしまい、あまり外出ができないそうです。大谷選手の父親が、車で1時間ほどかけて通い、掃除や、身の回りの世話をこなしているといいます。大谷選手が子供の頃は、しょっちゅう遊びに行っていましたから、おばあさんにも直接、近況報告をしたいでしょうね」(前出・スポーツライター)
※女性セブン2022年10月27日号