人間は様々な感染症とともに生きていかなければならない。だからこそ、ウイルスや菌についてもっと知っておきたい──。白鴎大学教授の岡田晴恵氏による週刊ポスト連載『感染るんです』より、狂犬病のワクチン開発についてお届けする。
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前号(週刊ポスト2022年10月28日号)に引き続き、今号でも狂犬病のお話をしましょう。
狂犬病のワクチンを開発したルイ・パスツールは1822年生まれ。当時のヨーロッパでは狂犬病が多く発生し、恐れられていました。パスツールも幼いころに狂犬病で亡くなった農夫を見て、その恐怖を実感したそうです。彼は数々の偉業を残していますが、46歳のとき脳内出血を起こし、左半身に麻痺が残る中、老年にさしかかったときに挑んだテーマが、この狂犬病のワクチン開発でした。
パスツールは「狂犬病は中枢神経をおかす病気だ。ならば感染した動物の神経組織を材料にワクチンができるのでは?」と考えました。そこで狂犬病にかかったウサギの脊髄液を乾燥させると毒性が弱まるという現象を見つけ、そこからワクチンを作り上げました。しかし、このワクチンが犬に有効なのはわかりましたが、ヒトでどうかはわかりません。ヒトでの実験など、致死率がほぼ100%の狂犬病ではできるはずもなかったのです。
1885年、狂犬病の犬に咬まれた9歳の男の子が我が子を助けたい一心の母親によって、パスツールのもとへ連れてこられました。このまま放っておけば、助かる見込みはないのです。そこでワクチンを接種されたジョセフ少年は、狂犬病を発症することなく、一命を取り留めました。その後、狂犬病ワクチンは数年でヨーロッパに広まり、人々は狂犬病の恐怖から救われることになります。
狂犬病ワクチンにはこのように咬まれた後の「暴露後ワクチン」と、海外等に渡航する前などに接種する「暴露前ワクチン」があります。海外に長期間滞在したり、医療アクセスの悪い国に出かける等の場合には、渡航前の接種が勧められます。私は感染研時代から海外出張が多かったので、狂犬病ワクチンを接種しています。