【著者インタビュー】佐野広実氏/『シャドウワーク』/講談社/1925円
舞台は湘南・江ノ電沿線。四方を廊下が囲む間取りが映画『麦秋』を連想させる一軒家を、2020年度の乱歩賞作家・佐野広実氏は、傷付いた女達が共に暮らし、再起を図る、一風変わったシェルターとして描出する。
「今回はDVや夫の暴力から逃げ回る女性達の問題を書こうとしたものの、逃げた先が普通の公営シェルターじゃ面白みがない気もしていて。その時、小津安二郎監督の映画を思い出して、原節子演じる主人公・間宮紀子の実家は使えるんじゃないかって思ったんです」
本作の主人公、その名も〈宮内紀子〉もまた、夫に左脚靱帯を刺されて入院中、看護師の〈間宮路子〉から特別に声をかけられ、江の島を望むその施設にやってきた。入居者は紀子も含め計4人。あとは腰越でパン工場を営む〈志村昭江〉が家主として同居し、同志の路子が時々様子を見に来る程度の文字通りの隠れ家だ。
帯に〈四日に一人 妻が夫に殺される〉とあるが、これは煽りでも何でもなく現実だ。だからこそ「今のままだといつかこうなりますよ」と、著者は彼女達の究極の選択をミステリーに描くのである。
1999年に島村匠名義で松本清張賞を受賞後、主に歴史物や時代物を10作ほど上梓。そして一昨年、第66回乱歩賞受賞作『わたしが消える』で再デビューした佐野氏は、前作『誰かがこの町で』がブレイク中の話題の人だ。
「内容も地味ですし、そんなに期待もされてなかったと思うんですけどね(笑)。ただ、反響を見る限り、読者はその架空の町を覆う無言の同調圧力のようなものをリアルに怖れ、共感してくれたらしい。『大昔の因習の村じゃあるまいし』と言う人がいるけど、そうじゃないんです。
近代社会にも村社会体質や排他性は尾を引いていて、だから日本は今こうなっている。職場や学校やネット等でも似たことは十分起き得ると、メタファー的に読める作品ではあったと思います」
続く本作は実は乱歩賞候補作を大幅に改稿。DVは社会問題というより、ごく身近な現実かもしれないと佐野氏は言う。
「気づいていないだけで、つい隣にある問題だと思った方がいい時代になっています。ただし、世の中の現象や社会問題として取り上げるだけなら、単に作家が飯の種にしたに過ぎないともいえる。使う以上はその本質に何があるかを見極め、さすがにこれはまずいだろうという、発見や警告に繋がらないと意味がないと思うんです。
旧統一教会の二世問題もそうですけど、日常を否応なく脅かされた当事者には当人しかわからない不安や恐怖や怒りがあるだろうし、今起きている問題の多くは、生活に密着した場所で起きているように思う。だから余計怖いし、しんどいし、それがひいては政治や社会の問題にも繋がってくるという、人間関係や社会の話を私は書いているんです」