「ちょっと数値が高いですね。お薬を出しましょう」──日本の医療現場では見慣れた光景だが、精神科医で老年医学の専門家の和田秀樹さん(62才)はこうした検査数値に異を唱える。
まずは最もポピュラーな検査数値である血圧だ。家庭血圧では最高血圧が135mmHg以上が高血圧とされる。
「1980年までの日本人の死因1位は脳卒中で、当時は血圧150ほどで血管が破れていましたが、栄養状態が改善された現在は血管が丈夫になり、血圧200でも破れることは少なくなりました。もちろん血圧には個人差があり、脳に動脈瘤がある人はくも膜下出血のリスクが高まるので血圧を下げる意味はありますが、数値だけを見て一律に血圧を下げる必要は感じません。
また動脈硬化は加齢によって発生するので、すでに血管がぶ厚くなっている高齢者はむしろ血圧が高めの方が、脳に栄養を届けることができて頭がシャキッとします」
メタボ検診で肥満の尺度とされる「BMI(〔体重kg〕÷〔身長mの2乗〕)」は、WHO(世界保健機関)の基準で「18.5以上25未満」の間に収まるのが標準とされる。しかし2009年に日本で発表された研究結果では、40才時点の平均余命が最も長かったのはBMIが25以上30未満の「太り気味」の人だった。さらにBMI18.5未満の「やせ型」とされる人と比較すると「太り気味」の方が7年ほど長生きした。
「中高年は若いときより代謝が落ち、脂肪がつくのは当然ですが、国内の統計では“小太り”の人の方が長生きする確率が高い。私が診ている患者も、60代以降は少しぽっちゃりした人の方が、肌ツヤがよく健康的です。60代以降のダイエットは健康に直結しないと考えるべきです」
検査数値をもとにした治療や節制の効果にも疑いがある。心臓疾患系の危険因子を抱える男性約1200人を追跡したフィンランドの研究では、「高血圧対策の投薬や生活指導の介入を行った群」の方が「何もせずに放置した群」よりも心血管系の病気の罹患率や死亡率が高かった。
「病気になった人に適切な治療を行えば死亡率は低くなると思いますが、たんに数値を改善しても必ずしも死亡率は下がりません。そもそも日本には血圧や血糖値を下げることで死亡率が下がったり、病気が減ることを示す大規模な比較調査がない。治療や節制の有無で寿命が変わるかどうか、本当のところは不明なのです」