継承されてきた伝統や文化財は保存するべきだと思う人が多いだろうが、現実は厳しい。事実、小さな集落で受け継がれてきた祭りのお囃子や、独特の舞などが人知れず存亡の危機にある。3年ぶりに行われた祭りに喜んでばかりもいられない地域の本音を、ライターの森鷹久氏がレポートする。
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雲一つない秋空の下、九州北部の集落にある古びた神社に近隣に住む高齢者ばかりが5~6人集った。そこは小さいとはいえ歴史の古い神社で、3年ぶりに新型コロナウイルスの影響で中止になっていた「例大祭」が執り行われているのだが、出店もなければ見物客の姿も見当たらない。
「誰も来やせん(来ない)。見ての通り、年寄りがチョロっと集まるだけ。永く続いたこの祭りも終わりですよ」
大きなため息をつきつつ筆者の取材に答えてくれたのは、地区長を務める林誠一さん(仮名・70代)。新型コロナの感染者数が落ち着き、祭りやイベント事に、多数の客が押し寄せている、というニュースを見ない日は無くなったが、林さんの心中は穏やかではない。
秋の収穫を祝う例大祭は、言い伝えによると100年以上続いているもので、かつては地域の人たちだけでなく、近隣地区からも見物客が集まるにぎやかなものだった。しかし、地元の主要産業であった炭鉱が閉山すると、町の人口は往時の半分以下にまで減少。林さんの暮らす地区も過疎化が進み、保育園や小学校までもが無くなり、神社の氏子のうち、存命なのは林さんを含めたわずか10数人ほど。少ない人数ながらも、地元有志でなんとか守ってきた祭りの復活へ向け準備をすすめ当日を迎えたが、晴れ晴れしさよりも、先行きのことを考えて暗い気持ちになってしまう。
「せっかく祭りが復活してもね、氏子は年寄りばかりで、コロナに感染したらたまらないと誰も来ない。こうやって数人集まったが、みんな70代80代の後期高齢者。例年、祭りには議員や市長も来ていたのに、今年はそれもない。文化伝承やら地域興しやら言うけど、事態はもっと深刻」(林さん)
一方、林さんの居住地から10数キロ離れた別の自治体で開催された秋祭りには、多くの参加者、そして観客も詰めかけ、コロナ前の賑わいを取り戻しているという。
「都市部で開催される、子供や若者が集まってワイワイやるタイプの祭りには、今も人が多く集まっている。地元のケーブルテレビや新聞はこぞって取りあげるが、我々は無視されているような気持ち」(林さん)