ライフ

【逆説の日本史】期せずして「パリ-コミューン」政権に遭遇してしまった西園寺公望の混乱

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3 その4」をお届けする(第1359回)。

 * * *
 戦争が下手なわりには好き、という欠点を持っていたとはいえ、ナポレオン3世は世襲でその地位を得たのでは無い。言わば国民の「人気投票」で皇帝の座を得た。そして「花の都パリ」を実現した人物でもある。「花の都」について日本人が意外に気がつかない点を述べておくと、もっとも重要なものは下水道の整備だったかもしれない。それ以前、糞尿は多くが路上に捨てられていた。

 ほぼ同時期に上海に渡った高杉晋作が閉口したように、日本以外の国では糞尿を日本のように肥料として再利用はしていない。従って組織的な回収作業は無く、中国でもフランスでも大都市であればあるほど糞尿処理問題は深刻だった。路上に捨てられた糞尿を踏まないために開発された靴がハイヒールだという説もあって私も長い間信じていたのだが、それは事実では無いらしい。

 しかし、そういう説が生まれるような汚染状況は、たしかにあった。それを下水道の整備は完全に過去のものとした。もちろん、当時パリを訪れた渋澤栄一が感激したのはそれだけで無く、ガス燈があちこちに配備されパリはまさに「不夜城」だったからでもあるが、それを実現したのもナポレオン3世なのである。人気は絶大だった。それなのになぜ「転落」したのか?

 きっかけは、日本では明治元年となった一八六八年にスペイン九月革命で王位が空位となったため、王位継承問題が起こったことだ。ヨーロッパの王国や大公国の君主は、血縁関係でつながっていることが多い。そのなかに、ホーエンツォレルン家という名家があった。のちにドイツ帝国(まだ統一されたドイツは無い)の皇帝となる名門だが、この時代は帝国の核となる国家プロイセン王国の王も同家の出身だった。

 その王であるヴィルヘルム1世を補佐するという形で実質的に国を動かしていたのが、「鉄血宰相」と讃えられたオットー・フォン・ビスマルクである。一八一五年の生まれだからナポレオン3世より七歳年下だがこの男、戦争と謀略を大の得意にしていた。なにしろビスマルクは、それまでバラバラだったドイツ民族の諸王国をプロイセンの下で統一し「帝国」にした大英雄なのである。日本なら織田信長あるいは徳川家康に匹敵する人物だ。これまで述べてきたようにナポレオン3世もかなり優秀な人物なのだが、相手が悪かった。

 このスペイン王位継承問題でビスマルクはまずホーエンツォレルン家につながるレオポルトをスペイン王に推薦し、スペインもそれを了承した。しかしそれが実現すると、フランスは同じホーエンツォレルン家出身の王を戴くプロイセンとスペインに挟み撃ちになる可能性がある。そこでナポレオン3世はヴィルヘルム1世に強く迫り、いったんはレオポルトの即位を撤回させた。

 当時、メキシコ出兵の失敗などで人気を落としていたナポレオン3世は、国内に根強い反プロイセン感情に迎合して人気を回復しようとしたのだ。そして、さらに駐プロイセンのフランス大使ヴァンサン・ベネデッティをヴィルヘルム1世のもとへ送って、プロイセンが再びスペイン王位継承に口出ししない確約を取りつけようとした。言わば、ダメ押しをしてプロイセンに「勝った」という既成事実を作ろうとしたのだ。

 ベネデッティ大使は、当時ヴィルヘルム1世が静養していたフランクフルトの北方に位置するエムスという町に行き、ナポレオン3世の意向を伝えた。このときヴィルヘルム1世は、渋々ながらそれに応じたという。つまり、ここまでこの「外交戦」はあきらかに「フランスの勝利」であった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

今季のナ・リーグ最優秀選手(MVP)に満票で選出され史上初の快挙を成し遂げた大谷翔平、妻の真美子さん(時事通信フォト)
《なぜ真美子さんにキスしないのか》大谷翔平、MVP受賞の瞬間に見せた動きに海外ファンが違和感を持つ理由【海外メディアが指摘】
NEWSポストセブン
国仲涼子が語る“46歳の現在地”とは
【朝ドラ『ちゅらさん』から24年】国仲涼子が語る“46歳の現在地”「しわだって、それは増えます」 肩肘張らない考え方ができる転機になった子育てと出会い
NEWSポストセブン
柄本時生と前妻・入来茉里(左/公式YouTubeチャンネルより、右/Instagramより)
《さとうほなみと再婚》前妻・入来茉里は離婚後に卵子凍結を公表…柄本時生の活躍の裏で抱えていた“複雑な感情” 久々のグラビア挑戦の背景
NEWSポストセブン
インフルエンサーの景井ひなが愛犬を巡り裁判トラブルを抱えていた(Instagramより)
《「愛犬・もち太くん」はどっちの子?》フォロワー1000万人TikToker 景井ひなが”元同居人“と“裁判トラブル”、法廷では「毎日モラハラを受けた」という主張も
NEWSポストセブン
兵庫県知事選挙が告示され、第一声を上げる政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏。2024年10月31日(時事通信フォト)
NHK党・立花孝志容疑者、14年前”無名”の取材者として会見に姿を見せていた「変わった人が来るらしい」と噂に マイクを持って語ったこと
NEWSポストセブン
千葉ロッテの新監督に就任したサブロー氏(時事通信フォト)
ロッテ新監督・サブロー氏を支える『1ヶ月1万円生活』で脚光浴びた元アイドル妻の“茶髪美白”の現在
NEWSポストセブン
ロサンゼルスから帰国したKing&Princeの永瀬廉
《寒いのに素足にサンダルで…》キンプリ・永瀬廉、“全身ブラック”姿で羽田空港に降り立ち周囲騒然【紅白出場へ】
NEWSポストセブン
騒動から約2ヶ月が経過
《「もう二度と行かねえ」投稿から2ヶ月》埼玉県の人気ラーメン店が“炎上”…店主が明かした投稿者A氏への“本音”と現在「客足は変わっていません」
NEWSポストセブン
自宅前には花が手向けられていた(本人のインスタグラムより)
「『子どもは旦那さんに任せましょう』と警察から言われたと…」車椅子インフルエンサー・鈴木沙月容疑者の知人が明かした「犯行前日のSOS」とは《親権めぐり0歳児刺殺》
NEWSポストセブン
10月31日、イベントに参加していた小栗旬
深夜の港区に“とんでもないヒゲの山田孝之”が…イベント打ち上げで小栗旬、三浦翔平らに囲まれた意外な「最年少女性」の存在《「赤西軍団」の一部が集結》
NEWSポストセブン
スシローで起きたある配信者の迷惑行為が問題視されている(HP/読者提供)
《全身タトゥー男がガリ直食い》迷惑配信でスシローに警察が出動 運営元は「警察にご相談したことも事実です」
NEWSポストセブン
「武蔵陵墓地」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月10日、JMPA)
《初の外国公式訪問を報告》愛子さまの参拝スタイルは美智子さまから“受け継がれた”エレガントなケープデザイン スタンドカラーでシャープな印象に
NEWSポストセブン