将棋界で前代未聞のマスク不着用による“反則負け”が発生した──。10月28日、A級順位戦で、永瀬拓矢王座(30)と佐藤天彦九段(34)が対局した。終盤で佐藤九段が計1時間にわたってマスクを外す場面がり、永瀬王座が関係者に「反則ではないか」と指摘。対局会場の将棋会館に駆けつけた将棋連盟の常務理事・鈴木大介九段(48)が、連盟会長の佐藤康光九段(53)と連絡を取って協議し、「ノーマスクによる反則負け」の判定が下された。この「ノーマスク反則負け」に対し、佐藤九段は将棋連盟に不服申立書を提出する事態に発展している。藤井聡太五冠(20)というスターの誕生で人気が沸騰する将棋界で、何が起きているのか。【前後編の前編。前編から読む】
“貴族”と“軍曹”の仲
注目されるのは、佐藤九段が注意を受けることなく、“一発アウト”となった点だ。対局相手の永瀬王座が一言、着用を促せばよかったのではないかとも思えるが、連盟理事を務めた経験もある田丸昇九段はこう話す。
「天彦君としては、一度は注意してほしかったのでしょうが、永瀬君が指摘するのもなかなか難しかったのではないか。天彦君のほうが先輩ですから、“佐藤さん、マスクを外すのは規則に反していますよ”と対局中に言いにくいのは分かる。永瀬君もしばらく我慢したうえで、このままでは集中できないと対局場を離れて関係者に話したのだと思う。ネットでは永瀬君を批判する声があるが、悪いことをしたわけではありませんよ」
永瀬王座は藤井聡太五冠の練習パートナーでもあり、ストイックに勝負にこだわる姿勢から“軍曹”の異名を取る。
「天彦九段と特別親しいわけではありませんが、仲が悪いという印象もありません。公式対局がない日には、研究会で練習将棋を指す間柄だったと聞いたことがあります」(将棋連盟関係者)
そんな2人が対峙したA級順位戦はトップ棋士10人が総当たりで対戦し、名人位挑戦を競う最高峰の舞台だ。成績下位2人は翌年度からB級1組に陥落となるが、「A級で活躍すればタイトル戦の賞金を別にして1500万~2000万円の年収になるが、B級1組になると約3割減で1000万円を切ってくる」(観戦記者)といった大きな違いがある。
田丸九段が言う。
「天彦君が不服申立書を提出したとはいえ、判定は覆らないでしょう。ただ、A級順位戦での反則負けの1敗はショックが大きいと思う。終了時点の将棋内容は天彦君がやや優勢だったしね……」
今回の対局は1勝2敗同士で、敗れた側には手痛い黒星となる。
佐藤九段は2015年度にA級昇格1期目にして挑戦権を獲得し、当時の羽生善治名人を破って28歳で名人に就いている。独特のファッションセンスと優雅な言動から、“貴族”のニックネームを持つ。
「責任感のある棋士で、いつもは勝っても負けてもツイッターで自戦解説をしている。ところが、今回は対局直後に何も投稿しなかった。それだけ怒りや悲しみが充満していたのではないか」