全国チェーン展開する有名飲食店の社長が、日課の掃除中に突如銃殺される……あまりに大胆不敵な犯行ながら、逮捕には9年も要した。こんなことができるのは“あいつら”しかいない──警察すら震え上がらせる特定危険指定暴力団、工藤會である。ジャーナリストの鈴木智彦氏がレポートする。【前後編の前編】
迷宮入りしてもおかしくなかった
澱みにはまり込んだ事件は、突然動き出した。10月28日、京都府警が福岡刑務所に服役中の工藤會石田組・田中幸雄本部長を逮捕、山科署に移送したのだ。『餃子の王将』を経営する王将フードサービスの元社長・大東隆行氏の殺人容疑だった。
「京都府警は記者クラブ加盟のマスコミ各社に、移送が終わった10月31日の月曜日に報道して欲しいと要請していた。唯一の特定危険指定暴力団である工藤會が容疑者を奪還、もしくは殺害しては困るという理由です。ところが朝日新聞がすっぱ抜き、飛行機やJRの通常車両では移送できなくなった。結果、トイレ付きの移送車両を福岡から京都まで走らせ、山科署には朝4時すぎに到着しました」(在阪テレビ局記者)
物証が乏しく、迷宮入りしてもおかしくない事件だったうえ、容疑者が京都から遠く離れた北九州の暴力団幹部、それも最凶暴力団と評される工藤會系組員だったため、マスコミは沸いた。ただし暴力団筋には、数年前から田中容疑者の名前が浮上していた。私も約1年前、「工藤會のI組のTが実行犯ちゃうか、という名前まで俺らのところに伝わってきてる」という京都在住の暴力団幹部の談話を記事にした。
根拠は現場近くに残されていた煙草の吸い殻から採取されたDNAが、田中容疑者のそれと一致したためだ。確実な殺害を狙った犯行の手口からみても、暴力団関係者の関与は濃厚だった。通常、暴力団はターゲットを殺害するため大型拳銃を使用する。25口径という比較的小口径の、珍しいイタリア製オートマチック式拳銃が凶器だったうえ、王将が中国に出店していたため、中国人ヒットマンの犯行説も広まった。中国に取材スタッフを送ったテレビ局もある。
「取材の成果はほぼゼロ。中国の店舗を訪れた客にインタビューした程度で帰国しました」(同)
プロである暴力団員が、現場に証拠を残すのはおかしいという見解もある。元福岡県警で長年工藤會取り締まりに関わっていた藪正孝氏は言う。
「現場に決定的な物証を残した類似事件は過去にもあります。私が久留米署長だった際、田中容疑者と同じ石田組の親交者が強盗事件を起こした。目撃者が『変な動きしよんな……と見とったらペットボトルの飲料を飲み干し、それを投げ捨てたあと女性に強盗をした』と証言してくれたので発見・押収でき、DNAを検出できて実刑になりました」