全国的に“暗黙のルール”“社会的マナー”とされてきた「エスカレーターの片側空け」について、この数年、議論が活発化している。埼玉県では2021年10月、エスカレーターで歩かずに立ち止まることを義務づける条例を施行。名古屋市も同様の条例を制定する方針だという。鉄道各社や商業施設でも事故防止の取り組みが盛んになってきた。だが、エスカレーター利用を巡る事故やトラブルは後を絶たない。
「おい、ちょっと避けてくれよ! 邪魔なんだよ」
「はぁ? 急いでんなら階段使えよ。危ねーだろ、子供が乗ってるんだよ!」
「(エスカレーターは)片側空けんの常識じゃねーか。マナーを知らないのか!」
10月某日、都内地下鉄駅で記者が目撃した光景だ。未就学児童と手をつなぎ、横並びでエスカレーターに乗っていた父親を、駆け上がってきたサラリーマン風の男性が強引に押しのけ「通路をふさぐな」と強い口調で訴えたことから、あわや掴み合いのケンカに発展しそうな事態だった。
混雑緩和を目的に始まったエスカレーターの「片側空け」は、もともと英国の地下鉄駅で始まったとされる。日本では、1960年代に関西私鉄のターミナル駅で呼びかけが始まり、全国に広がったという説が一般的だ。東日本では「右側」を、西日本では「左側」を空けるローカル・ルールも存在する。
だが、先を急ぐ人のための「配慮」から始まったこの慣習が、冒頭のようなトラブルを引き起こすケースも少なくない。大手私鉄(関東)の主要駅職員が明かす。
「いわゆる“片側空け”の是非が問われるようになってから、エスカレーター利用を巡るトラブルは逆に増えた印象です。ラッシュ時に、あえて中央に立ち止まって歩行者をブロックしたり、声を荒らげて注意する“エスカレーター警察”的な人も現われました。駅構内では、アナウンスや貼り紙で歩行禁止を促していますが、効果は限定的です」
事故も多い。昇降機関連の業界団体「日本エレベーター協会」によると、2018年1月から2019年末の2年間で発生したエスカレーター利用者災害(事故)は1550件。最も多いのは転倒事故の963件で全体の62%を占めた。すべてが歩行に起因した転倒とは限らないが、不安定なエスカレーター上で無理な追い越し、駆け上がりをすれば、思わぬ重大事故に繋がる可能性がある。