困ったことに万引きする人たちは生活に困っているとか今日の食べ物すらないという人以上に、盗みがある種の趣味や病気になってしまっている人たちがいる。こうした人をクレプトマニアとも呼ぶが、万引きで7度も逮捕された元陸上選手など、薬物依存同様に根治が難しいとされる。
「どんな事情があろうと泥棒は泥棒ですからね。私の持ち場になったからには徹底的に(万引きを)見つけてやろうと思いました。案の定、未精算で通った高齢者がいたんで副店長に即知らせた上で声掛けしました。あとで聞くとずいぶん昔に出禁になった万引きの常習犯でしたが『セルフレジになったから来た』とか言ってました」
普通のお客さんまで疑うように
セルフレジは店の状況次第にもよるが、一度も店員と顔を合わせることなく精算することができる。店も配置に苦慮しているらしく、有人のレジ近くに設置したり、精算後に有人のレジ横を通過するように配置したりもしているが、効果は限定的だ。
「本来はセルフレジの案内係だったのに警察官の気分になってきました。面白かったとまでは言いませんが、こっちは正義ですから正しいし捕まえるのは当然、だんだんセルフレジの客全員を疑うようになりました」
監視役というのは得てしてそうした意識になりがちだ。しかし、それを自制しながら職務として監視をしなければならない。元警察官の方も「未熟な連中は誰でも疑って、むやみな職質をするたびに偉くなった気でいる。そういうのは警ら、自らに向いていない」と職質の乱用について話していた。長く施設警備を担うガードマンも「先入観と優越感を自ら律しないと必ず失敗します」と語っていた。だが、プロはそうした訓練を受けているし、向いているからこそその仕事で残ってきたわけだが、監視業務に関する研修や訓練を受けていない若者がいきなりこうした役目を担わされると、余計なトラブルを引き起こすだけでなく心身も疲弊する。
「なんだか神の目線というか、急に偉くなった気になったんですよね。自分の気分次第で窃盗犯じゃないかって思ったり、うっかりの未精算も謝ってくる客に対して優越感を感じたりしてしまいました。客が謝るってスーパーじゃ滅多にありませんからね」
日ごろの小売りのストレスもあったのだろう。彼は「スタンフォード監獄実験」のごとく、看守役になった途端に客を囚人のように監視して、自分が優位に立つことに快感を覚えるようになったということか。
「でもね、だんだん疲れて来たんですよ。普通のお客さんまで疑うようになって、毎日そればっかりの自分になって、店長からも『あんまり気負わないでくれ』と遠回しに注意されました」