ライフ

【逆説の日本史】「言論の自由は認められるべきもの」と日本人に認識させる「奇想天外な」手段

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3 その7」をお届けする(第1362回)。

 * * *
 すでに一八九四年(明治27)に日清戦争は始まっていた。じつは開戦に至る朝鮮国の混乱に、それまで外交官だった西園寺公望はかなり深くかかわっていた。この戦争をぜひともやるべしと考えていた陸奥宗光と西園寺は親しい間柄であり、積極的な陸奥と慎重な伊藤博文の間で仲介調整役を務めていたのがほかならぬ西園寺であったのだ。

 それにとどまらず、西園寺は陸奥が肺結核で倒れた後は外務大臣臨時代理も務めていた。一八九五年(明治28)のことだ。この時代は閔妃殺害事件(『逆説の日本史 第24巻 明治躍進編』参照)などが起こり、日朝関係は緊張の極みにあった。だから、「戦時中」であったにもかかわらず、伊藤によって臨時代理とは言え「外務大臣」から、正式な閣僚ではあるが文部大臣に「配置換え」になったことを「抜擢」では無く「左遷」ととらえる向きもあったようだ。文部大臣とは平和なときに重んじられる役職であることは、日本に限らず世界の常識である。

 ところが西園寺自身はむしろ「水を得た魚」のような心地で、平たく言えばやる気満々だったらしい。なぜなら、西園寺は革命後のフランスの自由な空気に触れて近代的国家はどうあるべきかを深く学んできたからだ。近代国家にとってもっとも必要な理念と言えばフランス革命のスローガンでもあった「自由、平等、友愛」だが、このうち日本に大きく欠けているものはなにか? それが彼の問題意識であったようだ。

 すでに述べたように、日本は「天皇」という伝統的存在を「神」の座に押し上げることによって「平等化推進体」となし、この強大な力で「天皇の下の平等」を実現し、中国や朝鮮半島では不可能だった四民平等(士農工商の撤廃および奴婢の解放)を成し遂げた。しかし、平等には必ず自由が伴う。絶対君主と国民の間には平等な関係が成立しないから、君主が国民を支配つまり国民の自由を奪うことができる。

 しかし、本来平等な国民同士の間では相互に相手を縛る権利は無く、各人は自由に行動できるはずだ。具体的に言えば、そういう国家では「結社の自由」や「言論の自由」が国民の当然の権利として意識されていなければいけない。だから東洋自由新聞を辞めざるを得なくなったとき西園寺は、したためた明治天皇宛の上奏文のなかで「陛下は華族が新聞の経営に加わるべきではないと仰せだが、華族がダメなら(四民平等なのだから)士族や平民についてもダメだと仰せあるべきだ」という論陣を張ったのである。もちろん、その真意は華族であろうと士族であろうと平民であろうと、どんな意見を持つかは本人の自由であり、新聞はその言論空間を保つために絶対に必要だ、ということである。

 しかし、日本は「言論の自由」という点では非常に遅れていた。なぜなら天皇をあまりに強く神格化してしまったために、天皇そのものや天皇に対する忠義などといったものを批判する自由が無くなってしまったからだ。しかし本当に欧米列強に学び近代化を推し進めたいなら、この点をなんとかしなければならない。だが、ちょうど親友クレマンソーが後に実行したように、民間新聞社の代表となってマスコミを使ってそれを実現するという方向性は、ほかならぬ明治天皇によって封じられてしまった。

関連記事

トピックス

田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
暴力団幹部たちが熱心に取り組む若見えの工夫 ネイルサロンに通い、にんにく注射も 「プラセンタ注射はみんな打ってる」
NEWSポストセブン
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン