最高峰のレースと巨額な金が動くビッグビジネスゆえに、“ピラニアクラブ”と称されるF1の世界。その中に足を踏み入れたといわれるのが、元ホンダF1マネージングディレクターの山本雅史さんだ。山本さんが率いたホンダF1チームは、2021年、レッドブル・ホンダとして、初のドライバーズ・チャンピオンを獲得した。今年上梓した著書(『勝利の流れをつかむ思考法 F1の世界でいかに崖っぷちから頂点を極めたか』KADOKAWA)では、ホンダ時代の知られざる苦闘を明かしている。世界で結果を出すためのチームマネジメントから、あの勝利の裏側、日本人ドライバーが勝つためには必要なことまで。お話を伺った。
拡大するF1市場 アメリカでは空前のF1ブームが起きている
──今年、3年ぶりに鈴鹿で開催された日本GPには、約20万人のファンが集結しました。昔に比べたら日本のF1人気は低迷していますが、それでも20万人が集まるイベントです。さらに、世界的にF1人気は高まっていますよね。
とりわけアメリカで空前のF1ブームが起きています。去年は僕もオースティンのレース現場にいましたが、40万人以上の人で沸いていました。来年はラスベガスをはじめ、3か所でのレース開催が決まっています。火付け役はネットフリックスのドキュメンタリー番組(「Formula 1:栄光のグランプリ」)ですね。レースだけでは伝わらない人間模様や、ドライバーたちの素顔や本音に光を当てることで、これまでF1に関心のなかった層を取り込むことができたんです。レースはもちろん魅力なんだけど、やっぱりF1の魅力は人間ドラマであり、人間臭さなんですよね。
──チームを勝利に導くのも、最後はテクノロジー以上にチーム戦略、つまり「人間力」であると山本さんは本のなかで書かれています。速さはあるのに自滅していった今年のフェラーリを見ていると、心から納得します……。
各チームにいる2人のドライバーはもちろんどちらも勝ちたいわけだけど、チームは、プラクティス(フリー走行)や予選の流れを観て、勝つためのプランを立てます。ドライバーやエンジニアをそれに従わせるためには、日ごろからのコミュニケーションや信頼関係が大切。そういう意味で、リーダーの役割は大きいです。
たとえば今年のモナコでは、チームの指示を無視したサインツがフェラーリのレースを台無しにしたと思います。でも、これはチームの統制をとれていないリーダーの責任。僕だったらサインツに、君を勝たせるタイミングも来るけれど、今回は予選で勝ったルクレール優先だからね、と言いますね。
──ホンダF1のリーダーとして山本さんが実行されたことがこの本に書かれています。すべてのレースの現場に同行する「現場主義」に加え、本田宗一郎さん、稲盛和夫さん、野中郁次郎さんら、先人たちからも貪欲に学ばれ、世界で勝負するための経営哲学を磨かれました。
マネジメント領域に入ったのは20代のときなんです。エンジニアを目指していたから本意ではなかったんだけど、そういう「流れ」には逆らっても仕方がないので、やるしかないと。でも、僕より先輩がたくさんいるチームで、なかなか思うようにいかないわけですよ。同期や同僚はエンジニアが多いから相談できる人もいなくて、本を読み漁りました。そのなかで一番印象に残って、血肉となったのが、稲盛さんの「掛け算」の発想。「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という方程式です。
つまり、仕事もチームも「足し算」じゃないんです。「掛け算」。だから、一つマイナスな項目があると、全体もマイナスになってしまうし、反対に、掛け合わせがうまくいくと、大きな結果を手にすることができるんです。