沈みゆく日本に再び夜明けは訪れるのか──。シンガポールを舞台に大国間の謀略と熱き人間ドラマを描いた『タングル』を上梓した作家・真山仁氏にインタビューを行った。
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表題の『タングル』とは一般に「もつれ」を意味し、〈量子物理学においては、二つのビットが同時に起きる状態を指す〉という。この物理学特性を、真山仁氏は日本とシンガポール、そして旧世代と新世代とが衝突しながらも高め合い、長き停滞からの脱却をめざす小説に結実させた。
シンガポール政府観光局からの〈問題点を含めて我が国のあるがままを、思う存分書いて欲しい〉という小説の執筆依頼、さらには東大工学部・古澤明教授の全面協力など、始まりからして数々の幸運に恵まれたという本作の鍵を握るのは、〈光量子コンピューター〉を巡る研究開発の最前線。それはモノづくり大国に返り咲く突破口となりうる、一歩先の技術でもあった。
「実は今回の企画は元々、ある雑誌からのタイアップの話がきっかけだったんです。2014年9月に行なわれたシンガポールGPに絡めてシンガポールの現状をレポートしてほしい、F1に詳しい必要も、国を褒める必要も全くないというのが、政観側の出した条件だったそうです。
その記事をご覧になったあと、次は小説を頼もうという話になったとうかがいました。それで日本軍の侵攻の歴史に絡めた宝探しの話を提案しようとしたら、『そんなの求めてません』と。『真山さんならではの視点で、我々を本気で批判してほしい。そのために貴方が指名されたんだから』と言われ、こちらも火が点きました」
実は観光嫌いで、シンガポールも今回が初めてだったという小説家の目は、1人あたりのGDPが世界一である〈アジアの優等生〉といったイメージの裏側に向けられる。
「本当は物作りもやりたいのに、結果がより早く出る金融や観光に結局は頼ってしまったり、我慢があまり得意じゃない国なんです。作中に書いたジュロン島の化学コンビナートも中身は日欧米ブランドで、だからこそ自国産業を育てようとスタートアップを集めてはいても本格化はまだ遠い。
だったらバブル崩壊以降、大手が誰も投資しなくなり、科研費を奪い合う日本と、お金はあるシンガポールが強みを生かし、競争力のある研究が資金不足でシュリンクしていく事態を避けるためにも、手を組んだらどうかと思いついたんです。開発以前の研究に投資できるか否かに、世界をリードできるかどうかはかかってくると思うので」
物語はODA関連事業で高い実績を誇る総合商社を早期退職し、片田舎の大学で教鞭をとる主人公〈望月嘉彦〉のもとを、〈産業振興の裏業師〉とも畏れられた元通産審議官〈天童寛太郎〉が訪ねてくることで始まる。