舞台は2015年の渋谷。ここを拠点に鉄道や百貨店事業等を多角的に展開する〈シマオカ・グループ〉が社運をかけた再開発事業に関し、本社財務企画局IR部に所属する主人公〈松永〉が脅迫めいたツイートの調査に乗り出すシーンから、冲方丁氏、初のホラー長編『骨灰』(KADOKAWA)は幕を開ける。
〈モグラ初号機〉を名乗るツイート主は、〈東棟地下、施工ミス連発〉〈いるだけで病気になる〉〈人骨が出た〉等と投稿を重ね、画像まで添付していた。当然看過はできず、上司の指示で現場の東館跡地を訪れた松永は、外は大雨なのにカラカラに乾いた坑内や、貯水槽横の壁に書かれた〈鎭〉の文字、さらに階段の奥深くに降り積もる〈白い粉塵〉を発見。その〈とてつもない高温で焼かれた〉灰らしきものに私生活まで脅かされてゆく。
〈おれたちみんな、死者の上で生活しているんだ〉とあるように、本作は相次ぐ大火や震災や空襲の上に繁栄を築く首都東京や、中でも今世紀初頭から続く渋谷駅の再開発に材を取り、「今の時代に必要」だから書かれたホラーだという。
「ちょうど渋谷の工事現場の近くを通ったら、バカでかい穴が開いていて、四角い穴って不気味だよなあ、人が何人か埋まっていてもおかしくないなあって。
実はこんなに人が焼け死んでいる街って、東京とロンドンくらいらしいんです。ところが関東の土は酸性で、土葬しても溶けちゃうらしく、そう考えると東京には物凄い数の人間が埋まっている、それはちょっと怖いことだなあと思いまして。
僕が考えるにホラーとは、恐怖や不安を形にし、世の中の不条理に抵抗する力や免疫を与えてくれるもの。だとすれば、今こそホラーを書かなきゃダメだろうと。コロナ禍で先行きの見えない不安が社会を覆い、正体が見えないと人は余計に不安になる。国が年金云々と言い始めたのもこの頃ですし、株は活況でも庶民の景気は全然じゃないかとか、個人や社会の不安の有様をいろんな形で書きこもうということが、大きなプロットとしてまずありました」
主人公の職業や家族構成といった小さなプロットも効いている。松永には妊娠中の妻〈美世子〉と小1の娘〈咲恵〉がおり、都内に結構なローンを組んでマンションを買い、妻の両親や実の母親にも微妙に頼りにくい関係が、仕事も家族も両方大事にしたい彼を後々窮地に追い込んでいくのだ。
その日、相次ぐ増改築で〈迷宮〉ともあだ名された元東館跡地を訪れた松永は、画像の撮影現場を探すうち、地下深くの穴の奥に〈じゃらり〉という物音を聞く。見るとそこには鎖で足を繋がれた老人が座っており、驚いた松永は、自ら脚立を下ろし、穴の中へ。そして〈おれだってまだ働けるんだァ〉〈飯さえ食えばよォ〉と抗う老人を解放し、事情を訊こうとした矢先、坑内でボヤ騒ぎが起こり、気づくと老人は消えていた。