いまだ収束の糸口が見えないウクライナ戦争。それを好機とみるのが中国だ。台湾侵攻だけでなく、その“魔の手”は日本の目と鼻の先まで伸びてきている。安全保障研究者の小泉悠氏、ジャーナリストの峯村健司氏、国際政治学者の細谷雄一氏の3氏が2023年の外交問題について語り合った。【全3回の第3回。第1回から読む】
* * *
細谷:中国の尖閣奪取が現実味を帯びるなか、最も心配なのは日本国民の士気です。ウクライナと違い、日本では「中国が攻めてきたら外国に逃げればいい」との意見が大多数になる恐れがある。その考えが習近平の背中を押し、尖閣諸島の奪取や台湾侵攻を決断させるリスクがあります。
峯村:2021年に世界価値観調査で「戦争が起きたら祖国のために戦うか」について調査したら、「戦う」と答えた日本人は13.2%で、79か国中最下位でした。中国はこうした調査を見ていて、日本の世論を中国寄りにしようと画策します。軍事侵攻だけでなく、サイバー攻撃や難民の送り込みなどあらゆる手を打ってくる。
小泉:ウクライナが日本の未来の参考になります。2014年のクリミア侵攻時、ウクライナ海軍の副司令官は簡単にロシアに寝返り、情報戦でもロシアが圧勝しました。危機に瀕して目覚めたウクライナは徴兵制を再開して国民に動員をかけ、情報空間ではロシアのフェイクを放逐し、8年かけて準備を重ねて2022年の戦争を迎えたおかげで、現在も軍や国民の士気が落ちていません。そこに平時の政治家としては微妙でも有事のリーダーとしては極めて有能なゼレンスキーが加わり、大国ロシア相手に持ち堪えています。日本も平時から自分の身は自分で守るしかないという心構えと有事への備えが欠かせません。
峯村:日本がウクライナの8年から学ぶべき教訓は何でしょうか。
小泉:やはり、抑止が崩れると大国が攻めてくることです。実際にウクライナは2013年秋に徴兵制を廃止し、その半年後にロシア軍にクリミアを侵攻されました。日本は領土問題の発生が第二次大戦前後で古く、最も新しく問題化した尖閣を実効支配しているから危機感が足らない。
細谷:私が日本の平和ボケ解消に効果的だと思うのは、ウクライナの復興に深くコミットすること。資金だけでなく政治的、人道的な協力も含め、ウクライナの経験に学ぶのです。中国から国土を守るため、日本は「2014年のウクライナ」ではなく、「2022年のウクライナ」になる必要があります。
峯村:同感です。中国に台湾を獲られると尖閣はもちろん、沖縄を含む南西諸島すら守れなくなります。目覚めた時には遅い。ウクライナが2014年に犯した一度の失敗が、日本には許されないのです。
(了。第1回から読む)
【プロフィール】
小泉悠(こいずみ・ゆう)/1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。外務省専門分析員などを経て現在は東京大学先端科学技術研究センター専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年生まれ。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員、青山学院大学客員教授、北海道大学公共政策学研究センター上級研究員。朝日新聞で北京・ワシントン特派員などを歴任。
細谷雄一(ほそや・ゆういち)/1971年生まれ。英国バーミンガム大学大学院から慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。北海道大学専任講師などを経て、現在は慶應義塾大学法学部教授。
※週刊ポスト2023年1月13・20日号