火葬場と聞くと、怖いし気味が悪いしで遠ざけたいような、詳しく知りたいような複雑な気持ちがするもの。『火葬場奇談 1万人の遺体を見送った男が語る焼き場の裏側』(竹書房)は、一級火葬技師として、そんな火葬場で実際に遺体を焼く仕事をしていた下駄華緒氏が、火葬場の過酷な裏側を明かしたホラーエッセイ。怖いもの見たさで恐る恐る手に取ったものの、読み進めるうちに、著者が遺族や遺体に、真摯に向き合っていた姿勢がひしひしと伝わり、背筋が伸びる一冊だ。【前後編の前編】
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下駄氏はもともとミュージシャンで、20代はアルバイトをしながら自身でバンドを結成しベースギターを弾いたり、“事故物件すみます芸人”の松原タニシとバンド活動をしたりしていた。火葬場で働くようになったのは、30代に入ってからだ。
「きっかけは、めちゃくちゃパンクで怖かったバンドマンの先輩です。その先輩には『人を焼いたことがある』という噂がありました。気になってしかたがなくて、ある日、恐る恐る『マジすか?』と聞いたら『ある』と。火葬場の職員だったのです」
その先輩が「今、火葬場の求人がある」と教えてくれたことと、当時、かわいがってくれた祖父が亡くなったばかりで、お世話になった火葬場の方がいい人だった記憶が強く残っていたため、火葬場で働こうかな、と思ったという。
早速、面接を受けに行くと合格。初出勤した日に、いきなり火葬中の遺体を目視するよう指示された。覚悟はしていたが、やはり緊張した。確認用の窓を開いて覗いてみると……。
「最初はバーナーの火が強くて眩しくて、よくわかりませんでした。しばらく凝視していると、ご遺体が少し前屈みになって起き上がっているように見えました。しかも、目が合っているような……。『え!?』と驚くと同時に、人は火葬するとこんな風になるのか、祖父もこんなふうに火葬されたのか、と思いました」
もちろんショックは受けた。目を背けず直視するだけでも、誰にでもできることではないだろう。遺体焼却に興味津々で「ぜひ見たい!」というタイプでもなかった下駄氏だが、祖父を亡くした経験が助けとなり、遺族へ思いをはせることができたからのようだ。
「目の前のご遺体は知らない人。ですが、この人との別れを悲しむ人たちがいる。この状態をご遺族に見せないために火葬場で働く人たちがいるのだ、と思ったら、自然と手を合わせていました」
この初めて見た焼却中の遺体が、なぜ起き上がっているように見えたのかはわからない。しかし、人は火葬されると動くのが普通だという。まるで、スルメを焼いたときのように。