甲子園常連の伝統公立校として知られる県立岐阜商業を率いる鍛治舎巧監督。先天性難聴の投手・山口恵悟に対して、厳しくも温かく接することで本人の成長を促している。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。【前後編の後編。前編を読む】
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今年5月に72歳になる県立岐阜商業の鍛治舎巧監督をして、先天性難聴のハンデを持つエースの山口恵悟は「誰よりも感受性が強い」との印象があるという。
「好投して有頂天になったかと思えば、打ち込まれて落ち込んでしまう。だからこそ、甲子園で負けたあと、昨年の秋は気持ちが沈み、妙に考え込んでしまい、本調子にほど遠かった。そしてとうとう学校を辞めたいと言い出したんです」
鍛治舎監督は全部員とLINEでつながり、ナインとのコミュニケーションを欠かさない。とりわけ山口に対しては、ミーティングで話した内容を監督自ら文字に起こしてLINEで送ったりもしてきた。
鍛治舎監督と一対一の対話に臨むため、制服姿で現れた山口に対し、鍛治舎監督は山口の申し出を拒絶し、そして山口のLINEにある文面を強く非難した。
「なんだあの文章は!」
山口のプロフィール欄には、「僕は生まれつき難聴で……」と、自身が抱えるハンデを紹介していた。
「そんなことはみんな初めから分かっているだろう! お前は覚悟して(県岐商に)入ったんじゃないのか! (障害があることを)言い訳にしているのか」
障害者だからと卑下し、仲間との間にも壁を作ろうとしている山口が鍛治舎監督には許せなかったのだ。
「そのやりとりのあと、練習に参加するようになり、LINEの紹介文も次の日には消えていました。しっかりと対話できれば、素直な子なんです。昨年末にも、体育の授業中に何か嫌なことがあったみたいで、体育を終えるとコンビニに寄って自宅に帰ってしまった。その時は次の日の日誌に『すみません。自分の気の弱さで練習を休みました。また頑張ります。夏の甲子園でまたマウンドに立ちたいです』と書いてきたので、もう大丈夫かなと」
山口に対して、健常者の選手以上に厳しく接してきた理由を鍛治舎監督はこう説明した。
「先天性の病気のある子供を持つご両親は、障害を持って生まれた自分たちの子供に対して負い目があるのか、過保護になってしまいがちです。すると、わがままな子に育ってしまう可能性がある。ですから、僕は彼を特別扱いしていません。いずれ社会に出たら、障害があるからといって、特別扱いされることはありませんから、今から、独り立ちできるように訓練させたい。彼の両親には、『僕は厳しく接しますから、家庭では優しく、フォローしてあげてください』と伝えています。健常者とのコミュニケーションのように円滑とはいえないかもしれませんが、今の時代はメールやLINEがあり、山口も悩みがあったら報告してくる。素質のある子ですから、野球人として大きく成長して欲しい」