アメリカと日本の音楽文化が、独特の風土と歴史のなかで混ざり合って生まれた「沖縄(ウチナー)ジャズ」。今年、米寿を迎える齋藤悌子さんは、ウチナージャズと人生の苦楽を共にしてきた、現役のジャズシンガーだ。「好きなことを続けることが元気の源」。アメリカ統治下の米軍基地で歌い始め、昨年は“デビューアルバム”も制作し、今年はいよいよ東京・有楽町のステージに立つ。そんな“石垣島のオバー”の物語──。【全4回の第1回】
* * *
コバルトブルーの美しい海に囲まれた沖縄県・石垣島。ゆったりしたウチナータイム(沖縄時間)が流れる島の中心部に、色とりどりのトロピカルフルーツや地元で取れた鮮魚が並ぶ公設市場がある。
島んちゅ(島の住人)から「島の台所」と呼ばれる市場の向かいにひっそり佇むバー「すけあくろ」は、日本最南端のジャズクラブとして知られる、ジャズファンの聖地だ。店の半地下にあるステージで“ウチナージャズのレジェンド”がライブを行ったのは昨年11月のことだった。
「あぁ、きんちょうするー」
スパンコールがきらめく黒いドレスをまとった白髪の女性がおどけて言うと、客席からどっと笑いがわき起こる。だが、彼女がアメリカの偉大な作曲家、ジョージ・ガーシュインのスタンダードナンバー『サマータイム』を歌い出すと、会場の空気は一変した。姿勢のいい立ち姿。迫力に満ちた伸びやかな歌声。心に訴えかけるような優しい声色に聴衆は息をのみ、感極まって涙を流す人も──。
歌手の名は齋藤悌子さん(87才)。今年米寿を迎える日本最高齢の現役ジャズシンガーにして、笑顔の優しい「石垣島のオバー」である。ライブを企画したのは、バー「JAZZすけあくろ」のオーナーで、自身もコントラバス奏者である今村光男さんだ。
「30人も入ればいっぱいの小さなステージですが、ライブは大いに盛り上がりました。何しろ、あの年齢であれだけの声量があることがすごい。本人は緊張すると言ってたけど、もともと(米軍)基地で歌っていただけあって肝が据わってるんです。彼女の歌を記録に残しておかないとと思い、この店でアルバムも制作しました」
10代の頃から沖縄の米軍基地などでジャズを歌ってきた齋藤さんの活動歴は70年近くに及ぶ。しかし、過去に作品としてレコードやCDを残したことはほとんどなく、かねて周囲は齋藤さんに新録をすすめていた。長女の東山盛敦子さんが語る。