一人ひとりの性欲に向き合う
ヘブライ・ホームの取り組みについて、淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博氏が語る。
「施設側が推奨する取り組みは日本ではなかなか難しいところがあるでしょうが、入居者の恋愛を尊重する姿勢には学ぶべき点があると思います。何歳になっても性欲は存在するのだから、無理やり抑えつけるのは自然ではない。ただし、ヘブライ・ホームのような取り組みを取り入れるにはクリアすべき課題は多い」
日本の施設において、「入居者同士の肉体関係に端を発するトラブルは頻繁に起きている」と結城氏は指摘する。そのうえで、高齢者施設ならではの難しさがあるという。
「例えば、認知症の人に異性がアプローチした場合、きちんと相手と合意が取れているのかは判断が難しいでしょう。また、実際に性をめぐるトラブルが施設で起こった場合、家族がそうした現実を見たくない、知りたくないということで、現場でうやむやに処理されてしまうことが多いようです。
一方、高齢者の性に対するスタッフの教育カリキュラムなども統一されていません。日本ではこの分野への課題が多いのです」(同前)
ヘブライ・ホームのセックス・ポリシーも、ただ自由な性生活を認めているわけではない。前出のレインゴールドCEOが言う。
「望まない恋愛や肉体関係を避けるために、アルツハイマー患者の場合のみスタッフが仲介に入るようにしています。また、レビー小体型認知症(注:脳の神経細胞に「レビー小体」という構造物が溜まり、幻視やパーキンソン病に近い運動障害や認知機能の低下を引き起こす)の患者などが暴力的になる可能性がある時は、恋愛や性、パートナーとのお付き合いなどを制限しています。
ただし、『高齢だから』『認知症だから』という理由で恋愛や性をタブー視して入居者を子供扱いすることはやめるべきです。問題を見て見ぬふりをするのではなく、一人ひとりの性欲にも向き合うことが、入居者のクオリティ・オブ・ライフを高めるのです」
日本の介護現場にも必要な視点かもしれない。
現地取材/田中史子
※週刊ポスト2023年2月10・17日号