岸田文雄・首相は不祥事や失政が露見すると、場当たり的な対応で失敗を取り繕おうとして混乱に拍車をかける悪いクセがある。
総理に就任してもコロナ対策を何もせず、感染第7波が広がると、誤魔化すために「感染症危機管理庁をつくる」と言い出し、安倍晋三・元首相の銃撃事件で旧統一教会(世界平和統一家庭連合)問題に批判が強まると、形ばかりの「被害者救済法」を成立させただけだ。今回の同性婚をめぐる首相秘書官発言でも、慌ててLGBT理解増進法案を国会提出するように自民党に指示した。
予算の大盤振る舞いも大好きだ。防衛費を倍増、子育て予算の倍増、ODA(政府開発援助)も倍増を言い出し、財源に困ると「国民に一定の負担をお願いせざるを得ない」と増税を押しつける。喜ぶのは、防衛、厚労、外務など予算が増える役所の官僚たちと、増税できる財務官僚だ。
こんな岸田首相のやり方に「自民党の権力構造が壊れる」と危機感を募らせているのが菅義偉・前首相だ。
2人の政治スタイルは正反対だ。菅氏は官僚に恐れられ、岸田首相は舐められている。
「政権の決めた政策に反対する官僚は異動してもらう」。菅氏が安倍政権の官房長官に就任して真っ先に取り組んだのは内閣人事局の創設だった。官邸が官僚の人事権を握ることによって、霞が関をコントロールしなければ思うような政治はできないと考えたのだ。
旧来の自民党政治は、政策は官僚にまかせ、閣僚人事は派閥順送り、経済運営は財界の意向に迎合し、バラマキで財源がなくなれば増税でまかなった。政治の中心にいたのは予算を握る財務省で、歴代政権は財務官僚がコントロールしていた。
しかし、安倍─菅政権は内閣人事局の創設で首相や官房長官の指示に忠実な官僚を官邸に集めて権力を集中させ、財務官僚の影響力を排除した。安倍政権から菅政権にかけての9年間で菅氏は日本の権力構造を官僚主導から政治主導へと根本的に転換させたといえる。ジャーナリストの長谷川幸洋氏(元東京・中日新聞論説副主幹)が指摘する。
「そもそも菅さんが官僚から恐れられていたのは、人事を握っていたからです。それが官邸内の緊張感につながり、リスク管理にもなっていました。今回の荒井勝喜・前秘書官の(同性婚をめぐる見るのも嫌だなどとする)発言問題を見ると、いかに今の官邸に緊張感がないかがわかる。岸田首相が官僚をコントロールできていないということです。安倍─菅政権ならこんなことはあり得なかった」
菅首相(当時)がわずか1年の在任中に、携帯電話料金の大幅引き下げ、不妊治療の保険適用、オンライン診療の解禁、デジタル庁創設、さらに2050年のカーボンニュートラル目標設定など、多くの実績を残すことができたのは、「霞が関を完全に掌握していたからこそ実行力があった」(同前)からだ。