SNSをきっかけにしたマルチ取引や副業などのもうけ話、エステや脱毛、美容整形など、近年、若者に起きている消費者トラブルが社会的問題となりつつある。それらとはまた別に一人暮らしをきっかけにした事柄、とくに不動産賃借の契約終了時に原状回復における敷金などで、貸主とトラブルになる事例も多い。俳人で著作家の日野百草氏が、社会的問題となりいったんは減ったかに思われた賃貸物件の「原状回復」をめぐるトラブルの増加についてレポートする。
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「敷金きっちりの請求書とか、いまだにあるんですね。そんなわけないでしょうと」
大学進学で上京以来、都内で何度か引っ越し経験のある出版社社員の男性(30代)は昨年、ワンルームマンション退去時の敷金精算で揉めたと話す。いまどきは「敷金・礼金なし」とか「クリーニング代のみ」が当たり前のように思っていたが、そうではないのか。
「契約書にない修繕費用までのっけて、敷金きっちり請求されました。2年ほど住みましたが、家にほとんど帰ってもいなければ、煙草も吸わないのに」
一般的な決まりとして、賃貸物件を借りる前の状態にする「原状回復」は借主の義務だが、いわゆる日常生活における汚れ(通常損耗)、時間の経過による劣化(経年変化)は原状回復義務に含まれない。
しかし現実は貸主(大家)および賃貸不動産管理会社と借主(賃借人)との「原状回復」と「敷金」に関しての揉め事は日本中で繰り広げられている。最高裁では2005年、通常使用による損耗と劣化は借主に原状回復義務がない、とする判決が出ている。仮に「特約」があったとしても借主の負担の範囲、負担の予測の可否など含め、明確に「借主がその負担を認識」していると判断基準で作成しなければならない。
「納得できる内容ならともかく、経年劣化まで借主に負担させるなんて」
まだそんなことが起きているのか。最初に断っておくが、今回は後述する国土交通省の『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』および国民生活センターの『賃貸住宅の「原状回復」トラブルにご注意』という近年の借主の被害に関する呼びかけが主題のため、あくまで借主側の話となる。
不動産屋が「敷金は返って来ないもの」と言った時代
ダウンタウンの松本人志が退去時に原状回復で揉め、畳を全部交換すると言われてその畳を包丁で切り裂いたというネタがあったが、芸人だけに盛った話かもしれないとはいえ、同世代の賃借人なら誰しも経験あるかもしれない。まして1990年代半ばまでの賃貸業界はまあ、昭和の残滓かやりたい放題だった。物件選びの段階で「敷金は返って来ないものと思ってください」「敷金は礼金みたいなものなので返しません」と平気で言う賃貸営業マンがいた。契約書も時に理不尽なもの、消費者契約法(2001年施行)すらなかった時代の話である。