1967年、長崎原爆犠牲者慰霊・平和祈念式典(時事通信フォト)

1967年、長崎原爆犠牲者慰霊・平和祈念式典(時事通信フォト)

 私はその時のことをよく覚えていない。その現実を受け入れられなかったのかもしれない。「俺がいたのになぜ死んだ」と。彼女の夫も息子二人も死んだが、「俺は生きていた」のに。会ったこともない東條より、私は母を恨んだ。その後、姉が遠くにいるとはいえ一人ぼっちになった中学生の私に様々な誘いがあった。「原爆を落とした憎き米帝を倒そう」という政治団体が来たかと思えば「原爆を落としたアメリカを見返すためにも豊かになりましょう」という政治団体も来た。「原爆と先祖の悪縁を断ち切りましょう」「信心すれば原爆症にはならない」という宗教団体も来た。右も左も宗教も、みんな原爆を利用していると思ったので無視した。新聞販売店の店主の話では、その中には戦時中「お国のために死んでこそ極楽浄土に行ける」と出征兵士に説いた坊主や、「我が子をお国に差し出してこそ愛国婦人」と檄を飛ばした社長夫人もいたそうだ。その夫人の子は兵隊に行くこともなく、京都の大学に行った。そんな日本人ばかりではないが、そんな日本人はいっぱいいた。

 母の死の翌年、私は中学を卒業、集団就職で東京に出た。丸ビルのテナント改修現場で働いていると、エレベーターガールをしていた女性がいた。いろいろあってつき合うことになり、彼女が住む世田谷の両親の家に挨拶に行った。案の定「被爆者だから」と反対された。東京では一部の人から「放射能がうつる」「奇形になる」と言われたので、長崎出身とか、まして被爆者ということは隠していた。それが怖くて被爆者健康手帳を申請しない被爆者も多かったし、逆に被爆者なのに認定されない被爆者もいた。私は彼女の気が強かったので結婚することができたが、被爆者だからと反対されて別れた男女もいた。学生運動真っ盛りだったが、油と塗料まみれで現場に立つ中卒の私を相手にする大学生はいなかった。

 がむしゃらに現場で働いた私は20代で千葉にマイホームを持った。信用もなく、保証人もいないのでキャッシュで買った。日本の高度成長は経験した者にしかわからない。被爆者で身寄りのない中卒の私が20代で新築一戸建て、それほどまでに夢があった。人の嫌がる仕事やきつい仕事をすれば金が稼げた。この時代の日本では、現場の人にお金が払われた。一男一女の子宝にも恵まれた。

 昭和40年代、そんな私に過去が追いかけてきた。原爆で直接死となった父と一番目の兄に勲八等を国がくれるという。勲章を喜ぶかは好き好きだが、私は勲章より父や一番目の兄が生きていたほうがよかった。母と二番目の兄には何もないことも無念だった。

 私は3度のがんを克服し「被爆者は早死にする」と言われたことが悔しく長生きしようと思ったが、2019年、74歳で敗血症に罹り死んだ。少し早いように思うが、被爆者としては上出来に思う。孫も見れたし、親兄弟のところに行く。〉

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