「近代日本の歴史の中で生まれた近代和菓子」
おいしさをただ受け取るだけでなく、洋菓子のゴンドラのケーキを「ゴンドラの上で食べる」案を思いついて千鳥ヶ淵のボートにのって食べたり、巴裡 小川軒 新橋店のケーキを新幹線の車中で食べながら新橋駅を通過してみたり。「単純と反復」という、森岡さんが日本文化を読み解くカギと考える視点を持ち込む一方で、「私の完全な思い込み」を自由自在に展開させたりもする。
タイトルを、「ショートケーキを愛する」ではなく、「許す」としたのは?
「本の中で『ショートケーキを愛するとは許すということ』と書いているんですけど、愛する、とはどういうことかを自分なりに考えて……。いや、自分なりにというのは事実と違うな。20年ほど前でしょうか、フジテレビアナウンサーだった小島奈津子さんが、恋は愛になり、愛は怒りに変わり、怒りが憎しみに、憎しみがあきらめに、あきらめが許しに変わる、とおっしゃって、その言葉がずっと頭にありまして。それで、このタイトルになりました」
摂取カロリーが気になる中高年にとって、「許す」というタイトルは何か禁を破るようで、ひときわ魅惑的に響く。
「実は私もこの本の取材で太りました。ショートケーキを愛するのって、『これ食べたらいい仕事ができそう』とか、自分の気持ちに作用するという理由が一番大きいですね」
ショートケーキは和菓子かもしれない、という発見も面白い。
「こういう形のショートケーキは日本にしかなくて……、まったくないわけではないですけど、外国のものとは形が違ったり、『ジャポネ(日本式)』という名前がついていたりします。日本で独自の進化を遂げたことは間違いないし、誕生日や結婚記念日などのお祝いごとに登場、ある種の年中行事に組み込まれたお菓子のイメージが拡大してきました。近代日本の歴史の中で生まれた近代和菓子なんじゃないでしょうか。
食べ終わるのにわずか10口、5分ぐらいの出来事なんですけど、そこに至るまで100年あった。そんなふうに時間の広がりを感じることもできるお菓子です」
【プロフィール】
森岡督行(もりおか・よしゆき)さん/1974年山形県生まれ。東京・銀座にある森岡書店代表。「森岡製菓」の屋号でお菓子の販売とプロデュースも手掛ける。著書に『荒野の古本屋』『800日間銀座一周』『東京旧市街地を歩く』『本と店主 選書を通してわかる、店主の原点。店づくりの話』、共著に絵本『ライオンごうのたび』(絵・やまぐちようすけ)がある。
取材・構成/佐久間文子 撮影/浅野剛
※女性セブン2023年3月2・9日号