『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)が日本のみならず世界でも反響を呼んでいる。中国の“偵察気球”問題やいまだ終息の糸口が見えないウクライナ戦争など、さまざまな外交課題が山積するなかで、現政権が対応に追われている。安倍氏はどういった外交を行ってきたのだろうか。
発言力が決定的に違う
岸田首相は安倍政権時代に4年7か月にわたって外相を務めた経験を持ち、首相になると「外交の岸田」を掲げて外遊に精を出している。果たして安倍外交のリアリズムをどこまで受け継いでいるのか。外交・安全保障が専門の評論家・潮匡人氏が語る。
「5年近くも外相をやれば外交の素人とは言えない。しかし、対ロシア外交にしても、岸田さんは米国の善悪二元論に従って言われるままに動いているように見えます。安倍さんのように、時には米国の不興を買っても、国益を優先して独自に動き、西側諸国の首脳を説得するという外交のリアリズムは感じられない。
そもそも安倍政権の外交は安倍総理自ら担い、岸田外相はその露払い役だったから、会談のカウンターパートは各国の外相で、首脳とやりとりしてきたわけではない。本人が『外交の岸田』だといきなりトップ外交をやろうとしても、相手国への発言力が安倍さんとは決定的に違うわけです」
安倍政治を長く取材してきたジャーナリストの長谷川幸洋氏(元東京・中日新聞論説副主幹)は、安倍氏と岸田首相には国際情勢の認識に決定的な差があると指摘する。
「昨年2月のロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、世界の核兵器に関する認識が大きく変化した。プーチンが核使用をほのめかして恫喝したことで核の危機が現実味を帯び、核抑止力の重要性が再認識されている。韓国では、米軍の核の持ち込みや核の独自開発論まで議論されている。米国の核の傘の下にあるといっても、米国はソウルを守るためにワシントンやニューヨークを犠牲にはしないと考えているからです。
安倍さんはこうした国際認識の変化に即反応し、亡くなる前、ロシア侵攻直後のテレビ番組で、米国との核シェアリング、核共有の議論を始めなくてはならないと国民に問題提起した」