1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動している。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、騎手と調教師の「頑張っている」感覚についてお届けする。
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JRAのホームページによれば、馬主さんが愛馬を厩舎に預ける際の預託料は厩舎によって異なるものの「1頭1か月70万円程度」とあります。馬を持つにはお金がかかるということを実感しますよね。
そんな競走馬を預かる調教師としての責任はとても重いと自覚していますし、一頭の馬が入厩してからレースを使うことができるようになるまで、本当に大変だなと実感しています。もちろんまだまだ新人調教師なので、そう簡単に勝てないというのは覚悟していましたが……。
ジョッキー時代は、自らのトレーニングはもちろん、体重管理のための節制をし、朝早くから調教に騎乗し、開催の前日から調整ルームに入り、レース当日はパドックで大勢の人に注目され、騎乗合図がかかると走って馬に駆け寄った。そうして地下馬道から本馬場に出てくると、気持ちも高ぶってきて、返し馬をやってスタート前の緊張感に身を置いてスタートを待つ。レースでは冷静でいながら、アドレナリンを出しまくって、直線では目一杯体を使って馬を追う……そういうふうに一日に何鞍も乗って、暑い時も汗水流して泥をかぶって「働いている」実感や充実感がありました。馬が頑張ってくれたり、うまく乗れたと思って結果が出たりすれば満足感もあって、それだけお金も入ってきた。
もちろん調教師でも朝は早くから厩舎に出ているし、普段も馬のことばかり考えていて、その状態に細心の注意を払っていて「頑張っている」つもりなんだけど、いざレースになれば頑張れ頑張れって言うことしかなくて、なんていうか……これまでプレーヤーの経験しかなかったので、管理馬やレースをスタンドで見ているということ自体が身の置き場がない感じ。馬にとっては晴れ舞台でも、自分自身がそれほど体を動かしているわけでもなく、汗も流していない。不思議な感覚です。職種が変わるというのはこういうことなのでしょうか。
それでもやはり稼がなくてはなりません。たとえば2勝クラスの特別レースだと1着賞金は1550万円、9着でもその3%だから46.5万円。進上金はその1割だから4万6500円です。たとえハナ差でも10着だったらゼロ。9着になるのと10着でこれだけの差がある。レースの進上金は自分だけでなく、厩舎スタッフ(厩務員)の収入にも関わるので、その点も責任があります。