殺人事件の背景にある母と娘の相克に迫ったノンフィクション『母という呪縛 娘という牢獄』(講談者)が大きな反響を呼んでいる。2018年、母親を殺害し、遺体をバラバラにしたとして31歳の女性が逮捕された。捜査の過程で明らかになったのは、母親は娘に国立大学医学部への進学を強要し、娘は9年にわたって「監獄のような」浪人生活を送っていた、という異様な母娘関係だった。
父親不在で、20代まで一緒に風呂に入るほどの母子密着。学歴信仰の母親による教育虐待。母の期待に応えようと追い詰められ、蝕まれていく娘の心身……。母と娘の密室で起きた悲劇を綿密な取材によって描き出した本書は発売2カ月で5刷と版を重ね、多くの感想葉書が届いているという。衝撃的な事件が人々の心を捉える理由とは何か。事件を「他人事と思えなかった」と語る著者の齊藤彩さんに、話を伺った。
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執筆の背景に、母親との関係に苦しんだ経験
──5年前に起きたこの事件を私もよく覚えていました。極端な母娘関係かもしれないですが、普遍的な問題を内包しているとも感じました。本の反響が大きいようですね。
齊藤:ありがたいことですし、驚いています。この本を出すときに、批判的な反響もあるだろうと予想していました。一つは、殺人を犯したあかりさん(仮名)のことを書くことで、殺人を肯定しているのではないかという批判。もう一つは、取材対象との距離の取り方についてです。とても悩んだ上で、あかりさんとの「共作」のような形で書こうと決めました。本書には、あかりさんと母親とのLINEや、面会や往復書簡を重ねて得た、あかりさんの「言葉」を載せています。そうしたことで、あかりさんの視点に寄り過ぎではないか、という反応があるだろうと思っていたんです。
確かに予想した反応はあったのですが、それ以上に、この家族への同情や、他人事ではないと思ったなど、読んだ方自身にひきつけて考えてくださるような反応が多かった。さらには私の想像を超える解釈や考察をしてくれる方もいて、学ばせていただいているような状況です。いろんなテーマを内包している事件だったと、改めて思っています。
──齊藤さんご自身も事件を「他人事とは思えなかった」と書かれています。事件を書こうと思われたきっかけは何でしたか?
齊藤:最初に取材したのは、共同通信の記者だったときでした(現在は退社)。記者としてこの事件に興味をもった経緯には2段階あります。まず、あかりさんは、一審では殺人を否認していたんです。それが、二審で「認めます」と主張が変わった。これはあまりないことなので、ただ事ではないなと思い、詳しく調べてみることにしました。
取材をしていくうちに、事件自体にどんどん引き込まれていった、というのが2段階目です。あかりさんのお母さんほどではないのですが、私の母も干渉が強いタイプで、母親との関係性に苦しんだ経験があったからです。そして、その苦しみを、あかりさんと同じように、周りの人に言うことができなかった。だから、親との関係や、教育をめぐる確執に一人で悩んでいる人は他にもいるのではないかと思い至りました。