食料は「武器よりも安い武器」
そもそも米も牛乳も“余っている”のではなく、買いたくても買えない人が続出しているというのが真実だ。わが国は先進国で唯一、20年以上も実質賃金が下がり続けており、新型コロナに伴う深刻な不況がそれに追い打ちをかけたことで日本の貧困化が顕在化したに過ぎない。だからいま必要なのは、政府が農家から米や乳製品を買って、フードバンクや子ども食堂など、食べられなくなった人たちに届ける人道支援だろう。
アメリカでは、コロナ禍における農家の所得減に対して総額3.3兆円の直接給付を行ったうえ、3300億円で農家から食料を買い上げて困窮者に届けている。
そもそもアメリカやカナダ、EU諸国では緊急支援以前から最低限の価格で政府が穀物や乳製品を買い上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持している。例えばアメリカでは、米を1俵につき4000円ほどの低価格で売るように農家に求めるが、「最低限コストである1万2000円との差額は100%国家が補填するので安心して作ってほしい」とセーフティーネットも張り、それをほかの穀物や乳製品にも適用している。
そのうえで、食料を「武器よりも安い武器」と位置づけて、世界で安く売っているのだ。アメリカが輸出大国なのは競争力があるからではなく、食料を安全保障の要、武器とする国家戦略があるからだ。
しかもアメリカは、年間1000億ドル近い農業予算の6割以上を「SNAP」と呼ばれる消費者支援として使っている。これは低所得者にプリペイドカードのように使える「EBTカード」を配り、所得に応じて最大月額7万円まで食品の購入費に充てることができるという制度だ。これは消費者はもちろん、農家にとっても経済効果がある。
一方、日本は農業予算を削り、防衛費を強化するという方針だ。実際、2022年末の閣議決定では今後5年の防衛費を前回の1.5倍の額である43兆円と計上している。しかし、世界で唯一、エネルギーも食料もほとんど自給できていない国である日本が経済封鎖されて兵糧攻めに遭ったとき、助けてくれる国はあるだろうか? その答えは、いまのウクライナを見れば一目瞭然だ。
実際、私たちが命を守るのにどれだけ脆弱な砂上の楼閣にいるのかということを裏付ける衝撃的な試算が2022年8月、アメリカで発表された。米ラトガース大学などの研究チームが学術誌『Nature Food』に発表したもので、局地的な核戦争で15キロトン級の核兵器100発が使用され、500万トンの粉塵が発生するという恐ろしい事態を想定した場合だが、直接的な被爆による死者は2700万人。さらにもっと深刻なのは「核の冬」による食料生産の減少と物流停止によって、その2年後には世界で2億5500万人の餓死者が出るが、そのうち日本が7200万人で世界の餓死者の3割を占めるというものだ。ショッキングな事実だが、冒頭から説明している現実から考えれば当たり前のことだ。
このままでは、芋どころか、いざとなれば昆虫しか食べられないような事態になりかねない。
(次回につづく)
【プロフィール】
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)さん/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省に15年勤務の後、農業経済学者として学界へ。九州大学大学院教授などを経て2006年より東京大学大学院農学生命科学研究科教授に。
※女性セブン2023年3月16日号