「はい、回します!」──技術員の鈴木孝弘さんがパネルを操作すると、目の前の機械が徐々に回転していく。瞬く間にギュィーンという甲高い音を立て始め、上下に挟み込まれた円柱状の斑糲岩のブロックが、摩擦によって溶岩のように赤く発熱した。溶融したブロックの細かな破片が、火花のように散る。実験は約20秒。あっという間だ。
高知龍馬空港に隣接する海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高知コア研究所。その岩石力学実験室に、「回転式高速摩擦試験機」という実験機器がある。断層の滑りを再現するもので、今回は毎秒1メートルの回転で試料同士を摩擦させた。
「いま私たちが目にしたのは、深海の断層が1メートルほど滑った際の様子を再現したものです」
物質科学研究グループの主任研究員・谷川亘さんが言った。
「1メートルの断層の滑りは、普段、私たちがよく経験する規模の地震です。これが東日本大震災の時は30メートルにわたって滑ったことが分かっています」
同研究所では「コア」と呼ばれる深海の岩石試料を20万本保管している。海底下7000メートルを掘削可能な地球深部探査船「ちきゅう」によって採取されたものだ。この施設では東日本大震災の震源地の岩石試料も採取し、実際に摩擦試験を行なっている。
「そこから分かったのは、東日本大震災の断層は粘土を大量に含んでいたため、少し押しただけでずるずると滑ってしまう特徴があったことです。その滑りが津波を引き起こした。さらに断層における水の流れやすさも、地震の発生に関係していることが明らかになってきました」
研究所のある高知県は、南海トラフ地震の脅威にさらされる場所だ。この試験機で得られた様々なデータを、海底ケーブルや測地GPSなどのデータを組み合わせて分析することで、「どの場所でどのような動きが起き、津波を引き起こすような大きな破壊につながる地震がどのような時に起こるかという法則を明らかにしていきたい」と谷川さんは言う。また、ゆっくりと断層が動く「スロー地震」の解明にも試験機が役立っているそうだ。
「私が高知コア研究所に来たのは2006年。17年間、研究を続けてきました。でも、断層は場所が違えば『つら』も違う。まだまだ分からないことだらけです」
だが、断層の動くメカニズムは生命の起源の研究にもつながっており、複雑な自然の問題に対して「なぜ」を追求することにやりがいを感じている、と彼は話す。
「高知は南海トラフ地震が起きる場所でもあります。こういった地道な研究を知ってもらうことが、防災の啓蒙にもつながっていってほしい。この場所に住む一人として、そんな思いで研究を続けています」
取材・文/稲泉連 撮影/太田真三
※週刊ポスト2023年3月24日号