いかに人を信じ、信頼を得るか
水車で挽いた挽きたての蕎麦は地元でも評判が高く、あの求人票は先代の死後、婿養子の〈守さん〉と店を継いだ娘の〈浪子さん〉が鳥アレルギーだったために、県外にまで張られたらしい。
2人で住める部屋に賄いまでついた仕事にありつき、ネネとも打ち解けた理佐にとって、気がかりは律のこと。18歳の保護者はやはり普通には見えないらしく、浪子さんや律の担任の〈藤沢先生〉から心配される中、母の婚約者がこの町に現われるようになるのだ。
「要するに誰かと恋愛したから人生変わったみたいな、無責任で不誠実な小説には絶対したくなくて。誰かが誰かを丸抱えしたり過剰に助けたりもしない、無理のない親切を、みんながする話にしたかったんです。
それも余りご飯持ってけとか、冷蔵庫使いなよとか、その程度の良心なんです。逆にベタベタしすぎる方が読者を疎外しかねないし、出る人も入る人も普通にいるアッサリした関係の中に、この姉妹を置きたかった」
例えばこの町に8歳から暮らす律は、かつて受験勉強の手伝いをした〈研司〉からこう言われる。
〈自分が元から持っているものはたぶん何もなくて、そうやって出会った人が分けてくれたいい部分で自分はたぶん生きてる〉と。
その律は律で、〈ここにいる人たちの良心の集合こそが自分なのだ〉と振り返り、また教員の限界に直面する中で理佐達と出会った藤沢先生は、〈自分がその手助けができるんだとわかった時に、私なんかの助けは誰もいらないだろうって思うのをやめたんです〉と言った。
「後先考えずに家を出た理佐の大らかさが誰かの背中を押すこともあるし、この2人がどう振る舞えば悪い人間を近づけないかも、結構考えましたね。
18歳と8歳の姉妹なんていつ搾取されてもおかしくないし、私も昔はそうだったからこそ、今の持たざる子達に、少しずつ小さなものを貰いながら、そして自分も返しながら生きていく面白さが伝わるといいなと。安易な幻想を抱かせるのも、こんなふうに転落するぞと脅すのも当人の力をバカにしていると思うし、いかに人を信じ、信頼を得るかに、最後は尽きると思うので」
そんな生活も人間関係も丁寧に積み上げる彼女達に、次は私達が貰って返す番だ。
【プロフィール】
津村記久子(つむら・きくこ)/1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(後に『君は永遠にそいつらより若い』)で太宰治賞を受賞しデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年『ポトスライムの舟』で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、2019年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞など受賞多数。162cm、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2023年4月7・14日号