日本を取り巻く分断の正体や、自由で平等な社会がかえって不自由さを生む皮肉さを脳科学や進化論、遺伝学をもって読み解くベストセラー作家の橘玲さん。新刊『シンプルで合理的な人生設計』も話題の彼が、最近関心を持っているのがホストクラブにハマり、その沼から抜けられない女性客たちの存在。通称「ホス狂い」と呼ばれる彼女たちを追い続けるノンフィクションライターの宇都宮直子さんと緊急対談を行った。
アプローチの違いこそあれ、互いに日本社会の「不都合な真実」に迫るふたりが、頻発する事件の読み解き方からシニア婚活の最新事情まで、日本を取り巻くシビアすぎる現実について語り合った。その第3回をお送りする(全3回)。
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宇都宮:いま話題の「推し活」ですが、ここ数年で急に市民権を得たように感じます。少なくとも私が学生だった25年ほど前を振り返っても、バンドの「追っかけ」を名乗る女の子はいたけれど、いまのようにメジャーじゃなくて、もっとアンダーグラウンドな印象というか、こんなに表立って言えるような空気じゃなかったと思うんですよね。
橘:確かにこれまでなかったムーブメントですよね。
宇都宮:しかも驚くのは、事件の取材をしていると、たまにですがその犯人の「推し」を名乗るような子がいたりするんですよ。身内でも、元々の知り合いでもないのに甲斐甲斐しく差し入れをしたりして……。こういう風潮って背景に何があるんですかね?
橘:昔も凶悪犯に女性のファンがつくということはありましたが、それが「推し活」にまでなるのは、ひとつの理由として、恋愛が難しくなったからだと思います。1980年代は、『ホットドッグプレス』や『ポパイ』のような男性向け雑誌で「どうやって女の子を口説くか」という特集を盛んにやっていて、恋愛はまだ攻略可能でした。
宇都宮:逆に女の子はどうやって素敵な男性からモテるかを研究するっていう時代でしたね。だけどいまって、マッチングアプリとかもありますし、SNSでもつながれて、出会いには不自由しない感じがありますけれど……。
橘:その「出会えてしまう」というのが問題で、以前は恋人を作ろうとすると、たいていは学校か会社で探すしかなかった。人間関係が限定されているうえに、その中で男も女も暗黙のカーストが決まっていて、釣り合う者同士が付き合っていく。他に選択肢がないからこそ、たまたま近くにいた相手と赤い糸で結ばれていると錯覚して盛り上がれる。
宇都宮:昔と違って「自由化」すると出会いがあるがゆえに、恋人選びを吟味したり、人気者に一極集中したり……という構図が生まれるということですか?
橘:恋愛の自由市場では、狭い人間関係から解き放たれるわけですから、必然的に、人気者に一極集中していくことになりますよね。それも男女の生物学的な性差から、恋愛の第一段階では、女が「選ぶ側」、男が「選ばれる側」になります。それが顕著なのは婚活市場です。
宇都宮:よく女性は年齢以外、特に基準はないけれど、男性は「年収1千万円以上」とか「東大卒限定」みたいな婚活パーティーがあるって聞きます。けっこうすごい世界ですよね。
橘:そういう場では、「エロス資本」しか持たない地方出身の高卒の女の子が医者とか弁護士と簡単に出会えてしまう。そういう「自由な婚活市場」がいかに男性にとって困難かを描いた『婚活戦略』(中央経済社)という本があって、著者の高橋勅徳さんは大学で経営学を教える准教授で48歳、年収1千万円はある人なんですが。
宇都宮:結構なハイスペック!それでも苦労するんですか?
橘:はい、そのレベルでも全く女性に相手にされない。なぜなら、ライバルもみんな「年収1千万円超え」だから。高収入の男限定の婚活パーティでは、女性たちの関心はハイスペック男性に分散するのではなく、その中でもっともイケメンで若い男に集中するんです。それでも高橋さんは、なんとか32歳の事務職の女性と付き合えるようになって、彼女の趣味に合わせてデートをしたり、ご飯を食べに行ったりして、「沖縄旅行に行こう」という話が出る。