第95回となった春のセンバツ甲子園はいよいよ大詰めを迎えている。大観衆が詰めかける夢舞台でプレーできるのは、全国約13万人の高校球児のなかでもほんの一握りだ。そして、そこでの活躍はプロ野球への登竜門ともなる。では、一度は甲子園で非凡な才能を見せ、プロ注目の逸材でもあった選手が、高校野球を「ドロップアウト」したらどうなるのか。復活のチャンスはあるのか──強豪校から「消えた天才」のその後を、ノンフィクションライター・柳川悠二氏が追った。【前後編の前編。後編を読む】
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消えた甲子園球児は、大分県は温泉の街、別府にいた。
笹倉世凪(ささくら・せな)──。宮城・秀光中学時代に軟式球ながら147キロを投げてスーパー中学生と注目され、系列の仙台育英に進学して間もない2019年夏には1年生にして甲子園のマウンドを経験したMAX149キロのサウスポーだ。
いまも記憶に鮮明なのは3回戦・敦賀気比(福井)戦の9回1死三塁の場面。リリーフとして一塁からマウンドに上がり、一打逆転のピンチを切り抜け、ベスト8進出の立役者となった。打っても計4試合で2本の二塁打を放つなど、非凡な才能をみせていた。岩手県一関市花泉町出身の笹倉は、菊池雄星(ブルージェイズ)、大谷翔平(エンゼルス)、佐々木朗希(千葉ロッテ)に続く、岩手が生んだ4人目の怪物へと順調にキャリアを重ねていた。
ところが、2年生の秋、彼は突如として高校野球の世界から姿を消した。センバツ甲子園の開幕を4日後に控えるタイミングで取材に応じた笹倉が振り返る。
「仙台育英を自主退学し、1年ぐらい岩手の実家に戻っていました。野球までやめようか、どうしようか、迷った時期もあったんですが、また野球ができることを信じて、ずっと練習は続けていた。練習相手は(6歳上の)兄でした。今は大好きな野球を続けて、高校野球をドロップアウトした人間でも、諦めなければ上のレベル、プロ野球の世界にも行けるんだということを証明したい。その一心です」
彼が現在身を寄せるのは、別府に拠点を置く「ベゼルスポーツアカデミー」だ。プロを目指すアスリートや、トレーナーを志す人が野球の練習やトレーニングに励むほか、高校野球に居場所を失い、学校を辞めてしまったような青少年の受け皿としても活動している。
2023年度からベゼルスポーツアカデミーはクラブチームとして登録し、笹倉も全日本クラブ野球選手権や都市対抗野球への出場を目指している。同時に、通信制の高校にも編入して高校卒業資格の取得を視野に入れているという。