昨夏の甲子園で東北勢として初めて深紅の大優勝旗を手にした仙台育英。同校の1年生として2019年夏に甲子園のマウンドの土を踏みながら、2年秋に退学した笹倉世凪のが(ささくら・せな)だ。2020年の秋に表舞台から姿を消しておよそ2年半が過ぎた今、大分・別府を拠点とするクラブチームから、再起へと動き出している。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
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2019年の春先、私は初めて宮城・仙台育英のグラウンドを訪れた。その日、仙台育英と岩手の大船渡との練習試合が予定されていた。大船渡には直前に行われた高校日本代表の合宿で163キロを記録した、令和の怪物こと佐々木朗希(現・千葉ロッテ)がいた。
仙台育英の須江航監督は先発に笹倉世凪を指名する。2歳上の佐々木朗希にあえてぶつけて、入学したばかりの笹倉の糧となるような試合に──そんな願いが込められた起用だった。
その試合で笹倉は、打者・佐々木にバックスクリーンに飛び込む特大の一発を浴びるも、岩手が生んだ怪物ふたりが交錯したのは心躍る瞬間だった。
須江監督は、笹倉や笹倉と同級生である伊藤樹(現・早稲田大)らを秀光中学時代から指導し、2018年に仙台育英の監督となってからは笹倉たちが最終学年となる2021年夏に全国制覇を達成する「1000日計画」を公言してはばからなかった。
しかし、須江監督にとっても、笹倉にとっても、志半ばでその計画は潰えた。2020年秋に自主退学した笹倉のいない仙台育英の2021年夏は、宮城大会の4回戦でノーシードの仙台商業に敗れてしまう。その試合を、笹倉はライブ中継で観ていた。
「もう辞めてしまったチームのことなので、悔しいとか、申し訳ないとか、そういう気持ちはなかったんですけど……どう言えばいいのかな、仙台育英のファンになった感じで応援していた。それが正しい表現かも知れません」
伊藤をはじめ当時の仲間と笹倉は連絡を取っていないという。同じ夢を追いながら、その途中で道を外れてしまった後ろめたさが笹倉にはあるのかもしれない。昨年夏には後輩たちが東北勢として初めて全国制覇を達成した。当初の1000日計画の期限から1年後の快挙だった。
「すべての試合を観ました。ちょっとでも過ごしたチームなので、それは素直に嬉しかった」
笹倉は密かにSNSを通じて後輩たちにお祝いのメッセージを送っていた。
高校を自主退学した後、岩手に戻っていた笹倉は代理人と契約し、米国でプロを目指す道を模索するなかで1週間ほど、実際に米国の施設に足を運んで練習したこともあった。
「練習環境や設備は日本より良いと思うんですけど、言葉が通じない不安があった。練習よりも先に言葉の勉強をしなければならないのなら、日本で地に足着けて、プロを目指すほうが良いと思いました」
そして、改めて代理人に紹介されたのがベゼルスポーツアカデミーだった。
「別府に来たのは去年(2022年)の1月です。プロに行くことを考えたら、ベゼルのこの環境が最適だと思いました」