離れていても一緒に暮らしていても、家族に任された重要な役割は心のケアだ。
「自分の生活を崩さない範囲で、何でもいいので親と最期の時間を過ごしてください。『おはよう』と声をかけて、一緒にテレビを見る。笑っていたら一緒に笑い、泣いていたら一緒に泣く。言っていることは否定しないでください。
『これまでありがとう』と感謝を伝えるのもいいし、『昔、お父さんはこんなことをしてくれたよね』なんてふうに、昔の思い出話をするのもいい。そうした日常の会話から笑顔が生まれ、穏やかな看取りにつながります」
旅立ちの日まで家族にできることは、ほかにもある。秋山さんがアドバイスする。
「残された時間で、ご本人がやりたいことをぜひ叶えてあげてください。近所まで桜を見に行ってもいいし、少しでもいいので好きなものを食べさせてあげてもいい。どんな些細なことでもかまいません」
自宅で好きなことをして過ごすことで奇跡的に病状が改善する人もいると小笠原さんは話す。
「在宅医療の現場では、病院にいたときには考えられないような不思議なことがたくさん起きます。重症の心不全で人工呼吸器をつけていたのに、退院して11日目に人工呼吸器を外せた男性がいました。山が大好きで、山に囲まれた自宅に帰ったら、起き上がって暮らせるようになった女性もいます」
悔やむことはない
いざ旅立ちの日が近づいてくると、体に少しずつ変化が表れてくる。事前に何が起きるかを知っておくことで、落ち着いてお別れがしやすくなる。
「個人差はありますが、14日前には食事をとらなくなり、7日前になるとほとんど眠って、次第に反応がなくなってきます。5日ほど前になると、呼吸も大きい呼吸の後に10〜15秒止まるような不規則な呼吸になります。苦しそうに見えますが、意識はないのでご本人はつらくありません。異変を感じてもパニックにならずに、訪問診療医に連絡をしてください。決して救急車は呼ばないこと。病院に運ばれると延命治療をされて、家で過ごすことができなくなります」(小笠原さん)
お別れが近いときは「ほぼ意識がない状態でも、想いは伝わっている」と秋山さんは話す。
「意識がなくなっても手や頬をさすって声をかければ、ご本人に届いています。よく聴覚は最後まで残っているといいますが、香りも感じられる。患者さんのいるところで家族がミントのガムを噛んでいたら、亡くなる直前にもかかわらず、小さい声で『ガム?』と口にされたことがありました。好きな香りも感じられるはずです」(秋山さん)
病院でも在宅でも死に目に立ち会えるとは限らない。最期を看取れなかったと後悔するかもしれないが、「息を引き取る場にいなくても、悔やむことはない」と小笠原さんは言う。
「一人のときに亡くなられたとしても、最期を家で過ごしたいという本人の希望が叶い、満足して旅立たれることが重要なんです。旅立つときは本人に任せればいいのです」
まだ元気で意識があるときに心を通わせ、寄り添うことこそが、いい看取りにつながる。
取材・構成/戸田梨恵
※女性セブン2023年4月13日号