かつては当たり前に“技術”として認められていたが、今はルールで禁止されている。それが高校野球における「サイン盗み」だ。その一方で、相手チームがサインを盗んでいるのではないかという“疑惑”が浮上するのは珍しいことではない。実態はどうなっているのか。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。【前後編の前編】
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高校野球の世界には、公然の秘密たる闇が存在する。
それは「サイン盗み」だ。攻撃側が相手バッテリーのサイン交換を盗み見て、打席に入った打者に球種を伝える行為である。無論、禁止行為だが、春夏の甲子園ではたびたび、「サインを盗まれているのではないか」という選手や監督らの訴えによって問題化してきた。
この春のセンバツにおいても、ある高校の捕手がある日の試合後の取材で、こんなことを漏らした。
「自分のサインを出す(右手の)位置が前に出ていて、ランナーコーチにそれを見られていた可能性がある。グローブで隠すなど、見られないように意識すべきだった。今日は自分のミスで負けてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいです」
連打を浴びて大量失点をしてしまったイニングを振り返り、相手校にサインを盗まれていたかもしれないと示唆したのだ。
サイン盗みといえば二塁走者が捕手のサインを見て、打者にジェスチャーで伝達するパターンを想像する人が多いだろう。今回のケースでは右打者の場合は一塁側のランナーコーチが、左打者の場合は三塁側のランナーコーチが、投手に対して出す捕手のサインを盗み見て、なんらかの形で打者に伝えていたということだった。ランナーコーチを使ったサイン盗みは二塁走者が行うサイン盗みとは異なり、走者がいようがいまいが関係なく、回の頭から打者に球種を伝えることが可能となる。
直球か、変化球か。基本的にはそのどちらかを打者に伝えるのがサイン盗みだ。それだけで、タイミングを計っている打者には大違いである。