東京都の西部に位置する集合墓地。4月中旬、寒の戻りを感じさせる肌寒さのなか、一台の高級外車が滑るように乗り付けた。運転席から降り立ったのは60代の背の高い女性。メガネに帽子姿でもそのオーラは隠しがたく、一般人とは明らかに雰囲気を異にしている。傍らに寄り添う男性と歩く女性は、母親が眠る墓石の前で立ち止まると、丁寧に、そしてじっくりと手を合わせたのだった。この女性は、女優の眞野あずさ(65才)。表舞台から姿を消してはや7年あまり。その間、彼女の人生は大きく様変わりしていた。
眞野は1957年、神奈川県生まれ。聖心女子大学在学中に『週刊朝日』の表紙を飾ったことがきっかけで芸能界に入った。大学入学時から女優志望だったという彼女は、5学年上の姉・真野響子(71才)とともに美人姉妹女優として活躍し、数々のドラマに出演。『はぐれ刑事純情派』のバーのママ役や『検事・朝日奈耀子』(ともにテレビ朝日系)、『弁護士・高林鮎子』(日本テレビ系)、など、サスペンスドラマのシリーズ作品で人気を博した。
プライベートでは、1989年に10年の交際期間を経て一般男性と結婚。過去のインタビューで「結婚相手は父と同じサラリーマンって決めていた」と語っていたものの、子宝に恵まれず、2005年に離婚して16年間の結婚生活にピリオドを打った。
2015年には姉の響子と『婦人公論』(2015年10月13日号)で対談し、2010年に脳梗塞で倒れた実母の介護について語り合った。眞野は弟を含めた姉弟3人で協力して介護をしたが、当初は慣れないケアのため1か月で体重が4kgも落ちたという。『婦人公論』で彼女は介護の苦労をこう語っていた。
《私は倒れるまで突っ走ってしまうタイプだから、プロに任せて自分の時間を持つことも大切だね》
だが、眞野がメディアに登場したのはこの姉妹対談が最後。いつしか所属事務所のホームページからも彼女の顔と名前が消えていたのだ。
「離婚後しばらくして、眞野さんは会社社長のAさんと交際を始めました。ところがこのAさんが交通事故に遭ったり、体調不良で仕事を休んだりしていたことから、しばらくは眞野さんが面倒を見ていたようなんです。生真面目な彼女はお母さんの介護とパートナーの世話を一生懸命にこなし、心身ともに疲れ果ててしまった。精神的にも不安定になり、介護中、眞野さんがめずらしくお姉さんに声を荒らげることもあったと聞きます」(眞野の知人)