人間は様々な感染症とともに生きていかなければならない。だからこそ、ウイルスや菌についてもっと知っておきたい──。白鴎大学教授の岡田晴恵氏による週刊ポスト連載『感染るんです』より、ジフテリアについてお届けする。
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文豪・幸田露伴氏の次女である幸田文さんの文章は、細やかな描写がしっとりと気持ちに染み込むようで私は好きです。明治の東京府南葛飾郡寺島村(現在の東京都墨田区東向島)生まれの彼女の作品には、結核などの感染症が多く登場しますが、先日は短編で『ジフテリア』を読みました。
最近は耳にしなくなったジフテリアですが、「毒素をつくるジフテリア菌」の感染によって起こる病気で、飛沫感染でヒトからヒトへうつります。
呼吸器ジフテリアと皮膚ジフテリアとがあり、呼吸器ジフテリアでは発熱から喉の痛み、声が嗄れるなどの症状から2~3日の間にジフテリア菌がつくった毒素によって喉の細胞が壊され、厚い灰白色の偽膜が現われます。この偽膜におおわれて喉の気道が塞がれると、息ができなくなってしまいます。この毒素が血液中に入ると心臓や腎臓、神経組織に飛び火し、心筋炎や神経炎などの合併症を起こしてしまうこともあります。
子供であった文さんは、隣家に住む一つか二つ年下の女の子がジフテリアに罹って「熱も高いし手遅れ気味」となって、家族に感染させないために1人病室で寝込んでいると知って、淋しかろうとこっそり見舞いに行き「病人の口に氷砂糖を入れてやったり」、添い寝をしたりしたのでした。そして、自分も感染して「熱に苦しんではじめて、ジフテリアと伝染とがこんなものだとわかって恐れた」のです。そんな文さんがやっと癒えた時、この隣の女の子がもうこの世にいない人となっていたことを知るのでした。
日本では1999年の患者報告が最後となっていますが、1945年には8万人もの患者が発生し、約1割が亡くなっていたという深刻な伝染病でした。第二次世界大戦下のヨーロッパでは100万人の患者が発生し、5万人以上が犠牲になっています。