「天才」──クライミングの分野で、世界に胸を張って天才と呼べる人間が日本には少なくとも2人いる。登山界最高の栄誉「ピオレドール生涯功労賞」をアジア人で初めて受賞したアルパインクライマーの山野井泰史と、二度のワールドカップ総合優勝を果たしたフリークライマーの平山ユージ。2人が若き日に偶然出会い、意気投合し、一緒に渡米した奇跡のような経緯は、ビッグコミック連載作『アルパインクライマー』に描かれた。この作品が契機となり、ついに2人が再会した。
なぜ登るのか? 2人の答えは驚くほど違った
すべてのクライミング技術を駆使して雪や氷や岩の壁を乗り越えて頂上を目指すアルパインクライミングと、前進のためには道具を使わずに岩を登るフリークライミング。それぞれの分野で頂点を極めた山野井泰史と平山ユージがそのとき、同じ空間にいた。「最後にお会いしたのは、4年前? 山梨の瑞牆でしたよね。9月の、雨上がりの日で」(平山)、「僕が東屋にいて、“ボルダー(大きな岩)湿ってるんじゃない?”と言った気がする。それにしても…相変わらず目がキラキラしてるね」(山野井)。対談は穏やかにスタートする。
──登山に無縁な人にとって、文字通りに命がけで登ることと向き合うクライマーは畏怖の対象のようです。まずお聞きします。なぜ、登るのでしょう?
山野井:その答えは日々変わります。子供の頃は“来週は御岳山に行こう。その次は丹沢?”とワクワクしました。それが40年以上続くようなもの、すげぇ楽しい遊びです。趣味に没頭していて、いまだに飽きることがありません。単純に、岩が大好きでもあって。花崗岩や石灰岩をつかみたい、なんなら登らなくていい。岩をなでなでしてへばりつきたい! オタクですよ。
平山:僕はその理由を深く考えた時間があります。人間は経験を積むと理解度が上がり、物事を見る目が変わります。自分はその進化を喜びと捉える。それで自分を人間という生物であり、先祖から受け継いだものを後世に伝える役割を担う存在でもあると考えます。すると進化を求めるのは必須で新しい世界への体験を欲する、それが僕にとってクライミングで。何よりクライミングが好きですが、もしかしたら他のものでもよかったのかもしれません。
【気が遠くなる努力の積み重ね、命がけの行為も「遊び」。だから「理由を考えることはありません、だって楽しいんだもん」と言い切る。山野井と、多くの思索を経て人類の進化という視点にたどりつき、ようやく納得できたと語る平山と。その個性はあまりに異なる。】
──ではお互いに、相手のクライマーとしてリスペクトするところを教えてください。
山野井:高難度のオンサイト(初見完登)、コンペの技術でしょうか。僕には遠い世界で。カナダにコブラクラックという岩場があるでしょう、若干前傾していてつるつるな岩肌で。平山君が登ったあとに行き、これを登っちゃうんだな…とちょっと感動しました。
平山:え…そうなんですね。山野井さんの場合は自身の強味を知り、登りのスタイルがしっかりとある。それでヨセミテのころの記憶では、(岩の割れ目を利用して登る)クラックの技術が高く、随分学ばせてもらいました。テクニックはもちろん、根性でねじ込むとか諦めないがんばりとか。