高齢化が進み、“人生の後半戦”をどう過ごすかは重要なテーマ。還暦を過ぎ、同年代の気の置けない友人と「一つ屋根の下」で生活する喜びを経験したのは、テレビプロデューサーの石井ふく子さん(96才)だ。石井さんは女優の京マチ子さん(享年95)、奈良岡朋子さん(享年93)、若尾文子(89才)とともに同じマンションの別の部屋を借り、人生の後半、幸せなひとときを共有した。
「きっかけは、20年ほど前に奈良岡さんから『いいマンションができたみたいだから、代わりに見てきてくれない?』と頼まれたこと。いざモデルルームに行ってみたら私の方が気に入ってしまってその場で入居を決めて、すぐに奈良岡さんも住むようになりました」(石井さん・以下同)
2人とも70代の頃だったという。
「次に来たのが京さん。同居していたマネジャーを亡くされて、引っ越しを考えていたから、ここにしたら?と誘ったんです。最後に若尾さんが合流したのは本当に偶然。ある日マンションの玄関でばったり会って、それはもう驚きました」
同じマンションといえど、4人の「おひとりさま」は適度な距離感で、用事があれば連絡を取り合い、困りごとがあれば助け合った。あまり炊事をしない奈良岡さんのために石井さんが手料理をこしらえ、彼女の部屋のドアノブにそっとかけることもあった。そのときもインターホンは押さず、後から「かけといたわよ」と電話をしたという。
絶妙な距離を保っていた4人だが、たったひとつの例外がお正月だった。毎年、元旦になると4人は決まって石井さんの部屋に集まり、おせちとお雑煮で新年を祝った。
「その場では1年の間に起こった出来事について、4人でざっくばらんにお話ししました。『これはおいしい』『今度はこういうものが食べたいわね』なんて、おせちをつまみながら言いたいことを言い合っていましたね」
2019年に京さんが他界し、今年3月には奈良岡さんも旅立った。コロナもあり「元旦の会」は数年前から開かれなくなったが、一つ屋根の下で友人たちと過ごした日々は石井さんにとってかけがえのない思い出だ。
「4人集まってもそれぞれの家庭のことは何も話さなかったのがよかったのでしょうね。身内や他人の話ではなく、私たち自身の仕事のこととか、楽しい話ばかりでした。そんなふうにしてみんなで楽しく迎えるお正月が、本当に好きだったんです」