その状況でどうよく生きるか

 それこそ自身も大ファンだというJR御徒町駅前の鮮魚店「吉池」の素晴らしさや、新潟・寺泊から関東各所に鮮魚を効率的に運び、人件費をあえてかけた対面販売で売上を伸ばす「角上魚類」の経営術について語る時の心躍るような筆の運びと、漁師と養殖業者の不毛な対立を嘆く時の著者の筆は、まるで別人のよう。

 日本の魚が各国のセレブを魅了するほど魅力的な理由を、魚の種類や捕れる地域、漁法がバリエーションに富み、かつ、獲る人と流通する人と料理する人の連携や質が高い、「縦と横の充実度」で説明できると著者は書く。そして今後も〈少量多品種〉な恵みを享受するには〈みんな仲良く〉に尽きると、かなりざっくりした結論を終章に綴るのだ。

「ハハハ。でも僕としてはかなり本気の本音で、それが今の全産業の最大の問題でもあるんじゃないかと。魚って入荷は安定しないし、価格も動きまくるし品質はすぐダメになるし、不都合極まりない商材なんですね。一方で、普段ないけど今日だけあるとか、おいしいとか安いとか、ポジティブな見方をするとこんなに楽しい商材もない。特に最近は何事も規格化や大規模化が進みつつありますが、本当に豊かになってるのかなって、よく思うんですよね。

 理想は効率のいいものも、一回性の高いヘンなものも両方選べる方がいいわけで、そこのバランスや最適化を今一度考えませんか、ヘタすると寿司屋にマグロとサーモンしかない世の中になりますよと、一魚好きとして言いたかったわけです」

 だから彼は高級な寿司にもチェーンの寿司にも目配りし、冷凍技術の高さや東日本と西日本の嗜好の違いまで、全てを面白がり、肯定する。

「物事を素で捉えるのが癖というか、その状況でどうよく生きるかを考えたいんです。例えば僕が大好きな吉池は、土用の丑の日の鰻売場へ行く手前の所に、『鰻は11月が1番美味しい』とわざわざ書くような店なんです。元々、天然の鰻は夏より秋の方が確かに脂は乗るけど、よりにもよって土用の丑の日にそれを書くのは正直すぎるでしょって。その感じが面白くて、好きだなあと思うんです」

 例えば養殖物と天然物も対決の構図に置くよりは、互いの長所短所を補い合う「みんな仲良く」の関係に。確かにそれが少量多品種の豊かさを次代に繋ぐ唯一の道にも思えてくる、愉快で大真面目な教養の書だ。

【プロフィール】
ながさき一生(ながさき・いっき)/1984年新潟県糸魚川市生まれ。東京海洋大学卒業後、築地の卸売勤務を経て、同大学院修士課程修了。2006年より魚好きの集まり「さかなの会」を主宰し2017年にはさかなプロダクション創業。ふるさと納税のコンテンツ監修や、坪内知佳氏原作のドラマ『ファーストペンギン!』の漁業監修等を務める。好きな寿司ダネは「うーん。浅締めの鯖とブドウエビかな。漁師やその家族って高い魚が好きなんです。みんなが幸せになれるので」。180cm、89kg、O型。

構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎

※週刊ポスト2023年5月26日号

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