【著者インタビュー】矢野誠一さん/『芝居のある風景』/白水社/2640円
【本の内容】
《爾来私は寄席評に限らず、演劇評や書評でも、その作品の評価という批評本来の意義からできるだけ距離をとり、作品から連想されたところの恣意に委ねた個人体験による心情などを臆面もなく書いてきた》(「あとがき」より)。現在88歳、矢野さんの個人体験は深くて長くてめっぽう面白い。《国民学校六年のときだから、一九四六年だ。/隣の家に、戦災で焼け出されていた長谷川一夫が、一族郎党引き連れて引越してきた》。さて、何が起きたか。あとは読んでのお楽しみ。
コロナで、劇場が本来の形を取り戻した気もする
2つの演劇賞の選考委員をつとめ、いまも年間200本以上の舞台を観ている矢野誠一さん。都民劇場の月報に連載したコラムを集めた新著は、その時々の演目から、かつて観た芝居の記憶や、懐かしい人との思い出が縦横に広がっていく。
「その作品にふれていない人が読んでも面白いものをと思って、ずっと文章を書いてきました。芝居を観ているときに、ああ、これは書けるなって思うものもありますし、締切を前に、月に十何本観たなかで、自分の記憶と結びつくものを探して書くこともあります」(矢野さん・以下同)
今回の本に収録されたのは2015年から2021年までに書かれたコラムだ。コロナ禍で、演劇界が大打撃を受けた時期にも重なる。
「コロナの影響は大きかったですね。芝居やる人はほんとうに大変だったと思うけど、芝居ができるだけでうれしいって感じが、とくに若手の芝居に、あふれてました。義理で観に来るような客もいなくなって、劇場が本来の形を取り戻した気もします。そういう意味では悪いことばかりではなかったかもしれません」
70年近く観てきた芝居の、細部やエピソードがありありと再現されるのに驚く。
「ぼくはパソコンをやらないし、メモと言っても何日に何を見たっていうタイトルだけ。一回原稿に書くと記憶が消去されてしまうのか、昔、自分が書いたものを引っ張り出してくることもありますよ」
『さらば、愛しき藝人たち』などの著書もある矢野さんによる芸人のスケッチが、鮮やかな印象を残す。