日本語を母語としないながらも、今は流暢でごく自然な日本語で活躍している外国出身者は、どのような道のりを経てそれほどまで日本語に習熟したのか。日本語教師の資格を持つライターの北村浩子氏がたずねていく。1人目は韓国出身のシンガーソングライターのKさんにうかがった。Kさんは生活全てを日本語で通すうちに「気になること」が出てきたという。それは何か。【全3回の第2回。第1回から読む】
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Kさんの発音は(偉そうな言い方になってしまうが)アナウンサーとして仕事をしていたわたしが聞いても、細かい部分も含めとてもきれいだ。「音」を仕事としている方ならではの、微妙な差異も聞き漏らさない繊細な感覚が、発音や発話のリズムにも反映されているのではないかと思う。「気になること」というのは、もしかしたらそのあたりと関係があるのだろうか。
「テンポです。『間』ですね。誰かと話しているとき、相手の日本語を頭の中で翻訳していると、会話に間ができてしまう。それがすごく気になったんです。
会話は、テンポがすごく大事だと思うんですよ。コミュニケーションの命と言ってもいいんじゃないかな。会話でワンテンポ遅れると、何か取りこぼすって言うか、流れてっちゃうものがあるような気がする。だから、絶対にハングルでは考えないことにしました。
言葉を覚えるとき、たとえば『ケータイ』だったら自分の国の言葉では『ヘンドポン』。ああヘンドポンのことなのか、と意味を理解する。で、覚えたらもうハングルの『ヘンドポン』は切り離す。『ケータイ』だけ。翻訳しない。日本語は日本語で理解するようにしたんです」
インタビューに際して、わたしは「母語に翻訳しなくても日本語が分かるようになったのはいつ頃ですか?」という質問を用意していた。ところがKさんはにこにこして「一切ハングルでは考えなかったんです」と言う。思わず「そんなこと、できるんですか?」と聞いてしまった。
「自分にとってはその選択肢しかなかったです。日本にいるんだから、日本語で考えようと思った。そして何といっても、周りの人たちやスタッフのおかげなんですよね。感謝しかないです。人と話す時は辞書を使わないので、とにかくみんなに質問しまくっていましたから。
たとえばさっきの『ケータイ』について説明してもらうとして『電話やメールができる。ニュースも読めるし地図としても使えるし、買い物も調べものもできる』って教えてもらったとする。その中の『地図』とか『調べもの』が分からなかったら質問する。説明してもらう。そうやっていくと、さらに自分の言葉が増える。
いくつか知らない単語が出てきても、分かる言葉を手掛かりにして考えると『あ、これかもな』って想像がつくようになるし、質問するとみんな親切に、分かりやすく説明しようとしてくれるから、教えてもらう言葉以外のものもどんどん頭に入ってくるんです。結果的にコミュニケーションの時間が長くなって、人との距離も近くなる。当時のスタッフはすごい面倒くさかったと思うんですけど、日本語を一年話したら一歳分成長できるわけじゃないですか。子供が『パパこれ何?』『それおいしいの?』『どうして?』って、親を質問攻めにして覚えていくみたいに、日本語を吸収していったという感じです」