日本語を母語としないながらも、今は流暢でごく自然な日本語で活躍している外国出身者は、どのような道のりを経てそれほどまで日本語に習熟したのか。日本語教師の資格を持つライターの北村浩子氏がたずねていく。今回はイタリア出身の翻訳者・文筆家のイザベラ・ディオニシオさんにうかがった。来日後は徹底して日本語漬けで過ごしたという。【全3回の第2回。第1回から読む】
* * *
母語に逃げ込まず、徹底的に「日本語で生活」する。つらさや苦しさはなかったのだろうか。
「勉強は全然苦じゃなかったんですけど、語彙がとにかく足りなかったので、日本語で自分が表現できないのがもどかしかったですね。もっと仲良くなりたい、もっと面白いこと言いたい! という気持ちが強くて、いっぱい話してはいっぱい失敗していました。苦労と言えば、自分が知りたいことのダイレクトな答えが得られない時、どうしたらいいかなと思うことはありました。
たとえば、アルバイト先でみんなが喋っているのを聞いて『それは形容詞? それとも名詞?』と質問すると『分からない』と言われたりするような時。言葉自体がどういう性質を持っていて、どういう働きをするのか知りたいんだけれど、その言葉を使っている日本人に聞いても、うまく説明できないと言われる。となると、その言葉が含まれている文章をとりあえず丸暗記するしかない。『な形容詞』とか、外国人が日本語を勉強する時の用語も、日本人にはポピュラーじゃないと思うので、歯がゆさを感じることもたまにありましたね」
そう、先ほどの「丁寧形・普通形」もそうだけれど、外国人学習者用の文法用語は多くの日本人には知られていない。また、言葉の意味を説明することはできても、文法的に説明するのは難しい。母語は一から勉強して獲得するものではないからだ。
イザベラさんがおっしゃった「な形容詞」というのは、いわゆる形容動詞のこと。「にぎやかな街」「きらいな料理」など、名詞の直前に「な」が付くので、日本語教育業界では「な形容詞」と呼んでいる。一方「高いビル」や「寒い日」など、名詞の前が「い」になるのは「い形容詞」。いずれもごく初級で習うものだが、活用が違うため区別して覚える必要がある。
「な形容詞って、名詞みたいなふるまいをするんですよね。同じ形容詞なのに『い形容詞』とは接続が違って、名詞っぽいところがある。文法って美しいと思います。大好きです」
その言葉を聞いて嬉しくなってしまった。わたしも文法が好きなのだ。自分が普段使っている言葉の中に文法という複雑なルールが埋まっていることに気付くと、なんて面白いんだろう! と思う。