ホスト役を務めた広島のG7サミットを無事に終え、懸念事項となっていた長男で首相秘書官・翔太郎氏の「首相公邸忘年会騒動」も、息子の更迭で幕引きを図った岸田政権。不安要素を取り除いた先に岸田首相が見据えるのは「解散」だと言われる。だがその前に、支持率目当てで“一仕事”しようと目論んでいるとの情報が浮上した。そのお相手は、北朝鮮の金正恩総書記だというから穏やかではない。半島情勢に精通するジャーナリスト・李策氏がリポートする。
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北朝鮮のパク・サンギル外務次官は5月29日、日本の岸田首相が前提条件なしの日朝首脳会談を提案してきたことに対し、「(日本が)大局的姿勢で新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由がない」とする談話を発表した。朝鮮中央通信が伝えた。
かねてから金正恩との首脳会談に意欲を見せていた岸田首相は、同27日に行なわれた拉致被害者の帰国を求める集会でも、「条件を付けずに、いつでも金正恩委員長と直接向き合う決意」としながら、トップ会談の早期実現に向け「ハイレベルで協議を行っていきたい」と語った。やにわに注目を集める日朝首脳会談だが、岸田首相と金正恩の早期の電撃対面は夢物語ではない。
実は岸田首相は、安倍・菅の両首相とは異なる姿勢で北朝鮮へのアプローチを試みてきた政治家だ。菅政権までの日本政府は、北朝鮮の核・ミサイル問題と拉致問題を一体として圧力を加える方針を取ってきた。より具体的に言えば、米国政府に対し「たとえ北朝鮮の核問題で状況が改善しても、日本人拉致問題が解決しなければ対北関係の改善はない」と約束させることで、金正恩に行動を促そうとしたのだ。
ところが金正恩は、対米関係の改善を後回しにして、核・ミサイル開発に邁進。そのため日本政府は、自分から核問題と拉致問題を「一体化」させてしまった手前、身動きが取れなくなっていた。
そこで岸田首相は、改めて核問題と拉致問題を「分離」することで、北朝鮮に対して独自のアプローチを進めているのだ。もちろんそれには米国の了解が必要になるが、中台問題で日本政府が米国を強力に支持しているいま、バイデン大統領の支持を取り付けるのは難しくないだろう。
北朝鮮は「拉致問題は解決済み」との姿勢を崩していないが、突破口になると目されている人物が2人いる。拉致被害者の田中実さん=失踪当時(28)=と、拉致された可能性を排除できないとされる金田龍光さん=同(26)だ。
田中さんと金田さんを巡っては、元外務次官らが北朝鮮での2人の生存情報を認め、北朝鮮による「一時帰国」の提案を当時の安倍政権が拒否したとの報道も出た。「安倍政権には、横田めぐみさんらの情報がないまま2人の帰国をもって北朝鮮に拉致問題の幕引きを許せば、『政権がもたない』との判断があったとされる」(政府関係筋)
しかし最近になって、市民団体が2人の送還を求める声を上げ始め、何より高齢化に直面した家族会は、日本政府の行動を切実に求めている。拉致と核問題を分離する岸田首相の試みを後押しする空気が醸成され始めた。
北朝鮮は現在、1990年代の大飢饉「苦難の行軍」以来とされる食糧難の中にある。中国やロシアから食糧を調達しているとされるが、それとてすべて「タダ」というわけではない。日本政府としても核問題が横たわっている以上、拉致問題の部分的な進展だけで、対北関係の全面的な改善や支援は不可能だ。