史上最年少名人となった藤井聡太七冠の勢いが止まらない。史上最年少の17歳11か月で初タイトルの「棋聖」を奪取すると、相次いで「王位」「叡王」「竜王」「王将」「棋王」のタイトルを獲得し、6月1日に閉幕した名人戦では渡辺明名人から七冠目を奪取した。15度登場したタイトル戦では負け知らずだ。
超過密日程での対局となっているが、破竹の快進撃は続いている。将棋観戦記者が言う。
「6月5日には、ベトナムで行なわれた棋聖戦5番勝負第1局に先勝し、防衛すれば4連覇。来年、5連覇を達成すれば早くも『永世棋聖』の有資格者となる。向かうところ敵なしの状態です。八冠に向かって残すところは『王座』のみで、弱点らしい弱点が見当たらない。そうしたなかであえて藤井七冠に欠けているものを挙げるなら、“ライバル”でしょうか。棋界最高位にあった渡辺明九段は3つのタイトルを次々と奪われ、かつては“天敵”と言われた豊島将之九段との対戦成績も逆転した。
1996年に七冠(当時はタイトル独占)を達成した羽生善治九段の場合、佐藤康光九段、森内俊之九段ら同世代のライバルがいて、『羽生世代』と呼ばれました。『羽生世代』のなかでの切磋琢磨によって羽生九段自身も新たな地平が拓けたと言える。今のところ『藤井世代』と呼べるような棋士のグループはいない状況です」
弱冠20歳にして将棋界のトップに立つ藤井七冠だが、今後も長く活躍を続けるうえで、ライバル不在はマイナスとならないのだろうか。将棋ライターの松本博文氏はこう見る。
「将棋の世界で、“ライバルがいたほうがいいのか”というのは議論が分かれそうな問題です。もちろん、技術の向上という点では同世代が切磋琢磨することによって、確実にプラスになりそうです。『負けたくない』という意識がもっとも湧くのも同世代でしょうし。ただし長い将棋の歴史を振り返っても大棋士の同世代に複数のライバルがいるという時代のほうが珍しいのです。羽生九段、佐藤康光九段、森内九段という黄金世代、あるいは『羽生世代』とも呼ばれる3人は、10代半ばで棋士となり、その頃から将来を嘱望されていました。以来、この3人は公式戦の舞台でもライバルとして戦い始めて、それが30年以上続いている特異な例です。
羽生九段は7つのタイトル戦で永世称号を獲得する、いわゆる『永世七冠』を達成しました。一方で森内九段も永世名人、佐藤九段も永世棋聖の資格を得ています。他にも郷田真隆九段、丸山忠久九段、藤井猛九段も20代で頭角を表わし、これまでに複数のタイトルを獲得しています。村山聖九段(故人)、先崎学九段も順位戦ではA級にまで進んだ。ここまで同世代にライバルが豊富な例は他に浮かばない。それ以前もそれ以降もないんです。やはり唯一無二の黄金世代だったと言うよりありません。
同時期に小学生名人戦に出場していた羽生九段と森内九段がのちに棋士となり、プロの名人戦でも長く争い続けるという図式はドラマ性が感じられ、将棋ファンも観戦に熱が入りました。一方でもちろん、強力なライバルがいるとそれだけ勝ち星が減り、実績が削られるという面もある。
藤井七冠について言えば、異常に出世が早すぎるんですよね。史上最年少七冠なのだから当然ですが、20歳にしてここまで出世した棋士はいません。同い年の伊藤匠六段は19歳で新人王戦にも優勝するなど、これまでの一流棋士たちと比べてもなんら遜色のない出世ペースで、大器と言ってよい存在です。将棋ファンにはよく知られている話ですが、藤井少年と伊藤少年が小学3年生のとき、全国大会の準決勝で対戦し、そのときは伊藤少年が勝っています。その後の藤井少年の強くなるスピードが異次元すぎたんです。『伊藤六段も藤井七冠と比べると見劣りしてしまう』と言う人がいるとすれば、その見方はおかしい。伊藤六段もいずれは藤井七冠と何度もタイトルを争うライバルになるでしょう。それはもう少しだけ先の話かもしれませんが」