【著者インタビュー】稲泉連さん/『サーカスの子』/講談社/2090円
【本の内容】
《僕がそのときいた「サーカス」という一つの共同体は、華やかな芸と人々の色濃い生活が同居する世界、いわば夢と現が混ざり合ったあわいのある場所だった。だから、というのも変な話なのかもしれないけれど、たとえそれが現実にはなかった記憶だとしても一向に構わない、という気さえする。ただ、僕は、僕にとっての失われた風景を、ここに書くことによって、残しておきたいと切実に思うのである》。当時5才だった「れんれん」が40年近くを経て、同じサーカスに身を置いた人たちの人生とみずからの記憶を辿っていく傑作ノンフィクション。
昔のように「れんれん」とすぐ呼んでくれた
いまから40年近く前に、稲泉さんはサーカスにいたことがある。当時、母親がキグレサーカスの炊事係の仕事を見つけ、稲泉さんも、保育園をやめてサーカスのテントで暮らすことになったのだ。朝起きると象に林檎をやり、その後は芸人たちのショーを眺める、夢のような毎日だった。
タイトルの『サーカスの子』は、稲泉さん自身のことであり、そのころを一緒に過ごした人たちの人生でもある。同じ時期にサーカスにいた人たちの人生について聞く取材は、稲泉さんの大切な記憶をたしかめる旅になった。
取材を始めるには、いくつかの偶然が重なったそうだ。
「数年前に読売新聞の取材を受けて、サーカスで撮影したことがありました。ぼくがいたキグレサーカスは2010年に廃業しているので別のサーカスにお邪魔したんですが、そこにキグレサーカスにいた人が働いていたんです」
さらに稲泉さんの母で、ノンフィクション作家の久田恵さんが転居した先で、キグレサーカスの芸人だった女性と再会していた。
「サーカスでの記憶は、大人になってからも何度も思い返す、自分にとって大切な思い出です。いくつか偶然が重なったことで、いまはなくなってしまった懐かしい場所にいた人たちの話を聞いてみたいなと強く思うようになりました。キグレサーカスが10年ほど前になくなってしまった、というのも大きかったと思います」