日本語を母語としないながらも、今は流暢でごく自然な日本語で活躍している外国出身者は、どのような道のりを経てそれほどまで日本語に習熟したのか。日本語教師の資格を持つライターの北村浩子氏がたずねていく。今回はお茶の間でも人気の高い中国出身料理人の孫成順さんにうかがった。【全3回の第2回。第1回から読む】
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仕事をしながら、言葉を学ぶのは大変だ。しかも孫さんは中国料理界のトップ。引っ張りだこで休む暇もない。
「中国語の漢字の発音と、日本のひらがなを紙に書いて、何度も発音して練習。簡単な日本語の本も買って、時間があるとき見てましたね。料理の言葉は、塩、お酢、豚肉、鶏肉、白菜、チンゲンサイ、すぐに覚えたけど『〇〇に』とか『〇〇を』とか、難しかった。聞いて、覚えて、聞いて、覚えて。
で、厨房にいる時、周りの人と喋るじゃないですか。言葉が分からなかったら聞きますよね、『これ、なんだ?』って。でも『はい!』って言われるの。孫さんは日本語上手だから大丈夫大丈夫、って」
料理の世界の大先輩に教えるのは気が引ける、そう思われてしまったのだ。
「『俺、料理教えるから日本語教えてよ』って言っても『いやいやいや、僕、孫さんの言うこと全部分かりますから』って言われる(笑)。向こうは、僕が年上だから教えたら悪い、失礼だって思ってるから、いつも『孫さんは上手です』って言ってくれる。
僕は厨房で鍋振って、包丁持って火つけてれば魚とお水の関係(水を得た魚)。でも、すごい悔しいですよ。ほんと悔しい。もっと日本語上手かったら、お客さんによくわかる説明できる。味、香り、形、説明したいですよ。でも変な日本語だから……」
このインタビューの最中、孫さんは「悔しい」を何度も繰り返した。テーブルを叩きながら「もっともっと、日本語ができたら」と。