私たちの人生は降りられない高速道路を走るようなもの。まず生き延びることが大事
中野:喩えてみれば、人生は高速道路を走るようなもので、気づいたらハンドルを握って運転席に座っている。自分で選んだわけでもない車に乗らされて、皆がノンストップで走っている道路に放り込まれる。ルールもあらかじめ教えられているわけでもなく、周りを見てなんとか事故を起こさないように必死で運転し続けなければならない。勝手に出口を降りることも基本的には許されない。降りるのはいわば自殺のようなものでしょうか。たまにちょっとお休みしたい時はサービスエリアを使うのも良いけれど、ずっとそこにいるわけにもいかない。自分で選んだのではない道を、自分で選んだのではない車で、ゴールもよく分からないまま走らなければならないというハードモードのゲームをやっているような感じ。ローカルエリアごとにルールも違えば、そもそも自分の車の性能もよくわからない。誰から見ても高級そうな、すごい車に煽られたり、あっという間に抜かれたりして微妙な気持ちになった途端、その車が目の前で事故を起こしてクラッシュしたり……なんていうこともあるかもしれません。
林:人生はまさにハードな高速道路だと。
中野:この喩えでいくなら、私たちはあらかじめルールを習っているわけではないんですよね。誰しもが初めは免許すら持たない初心者です。周りの様子を見ながら、「こんなものかな」と探っていくしかない。スピードを出して走っている中で、止まってゆっくりルールを学んでいる時間の余裕もない。とりあえず事故にあわないよう判断を迅速に行わなければならないので、そうすると自分の前後や横の2、3台くらいしか参照できないということになるんです。
林:周りを見ながら、瞬間的にざっくりした判断をするしかない。
中野:ええ、人間はもっと自分のことを賢いと思っているかもしれませんが、人類の脳ってその程度の認知機能しか働かせられないものなんです。しかも、それが間違っているのか正しいのかをすみやかにチェックする機構すらない。
走りはじめはルールがわからなくて、誰もが不安です。でもだんだんコツが掴めてくると、少し安心してドライブを楽しめるようになってくるかもしれません。脳の機能が成熟してきて、人によっては周囲の2、3台よりもっと広い範囲を冷静に見渡すことができるようになったり、状況に応じて自分の行動を抑制したりすることもできるようになっていきます。