ドイツ出身のマライ・メントラインさん

ひらがながあしらわれたシャツを着たマライさん

「い」「こ」「ふ」は悩ましい

「『い』って、二つの棒と棒の間に何もないじゃないですか。なんかこう、ちょんちょんが浮いてるだけみたいな。空間認識が必要というか、二つの短めの線を格好良くプレーシングする、配置するのが難しい。アルファベットに慣れてると、不安なんですよね」

 不安! 「い」が、不安!

「アルファベットって全部密集していて、棒や曲線、どこかが必ず接している。完結してますよね。でも『い』って、どのくらい空間を作ればいいのか、棒の長さをどのくらいにすれば形が整うのか分からない。『こ』も、『い』とは逆の角度で空間に浮いてるし」

 浮いてる!

 そんな見方があったのか、とパワーワードの連続にのけぞりながら、でも確かに……とも思っていた。日本語学校で、学習者たちが書く「い」や「こ」を直すことが本当に多いのだ。棒がまっすぐでなく、かっこのようにカーブしていたり、棒の長さが左右で極端に違ったりするケースは珍しくない。升目の中の点線をなぞれば正しく書けるプリントを練習用に渡すのだが、形の把握に果たして役に立っているのだろうか、と思うこともある。長年のそのもやもやに対するヒントが「不安」「浮いてる」という言葉に含まれているような気がした。

「『ふ』も、どこがつながってるのか離れてるのか分からなかった。4つのパートに分かれてるのか、それともひと筆で書いていいのか悩みました。そんなふうに、ひらがなを練習し始めた当時はどこがスタートでどこが終わりか分からなくて、感覚をつかむまでに結構時間がかかりましたね」

 では「当時」の頃のことを伺ってみよう。そもそも日本になぜ興味を持たれたのだろう。

「6歳の頃、世界の子供たちの生活が紹介された絵本を読んで、日本の子供が布団で寝ていたり、みんなで銭湯に入って泡々になっていたり、というのを見て『なんかすてきだな。体験してみたい』と思ったのが、日本に対する一番最初の印象です。 
 小学校の先生をしていた伯母が博物館のアジアコーナーに連れて行ってくれて、漢字とか文化にさらに興味がわいてきたんですが、その伯母があるとき日本へ行ったんです。ドイツに駐在していた日本人家族のお子さんを教えたことで、そのご家族が帰国した後、日本の自宅に伯母を招いてくれたんですよ。2週間くらい滞在したのかな。

 帰ってきた伯母から、日本のことをいろいろ聞きました。畳の部屋があって、ローテーブルで食事をすると器がたくさん出てきて、トイレに入るときはスリッパを履き替えて……ドイツ人からすると、すてきな空間を作ろうとするために気を遣うってすごいと思いましたね。繊細だな、細かいところまでみんなが気にしているんだな、と。

 自分自身が日本人と接点を持ったのは11歳の時です。オーストリアのユースキャンプに参加したら同じ部屋に日本人の子がいて、友達になって。キャンプが終わったあとも手紙の交換をしていました。ペンパルですね」

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